第二十九節 丹後国府

 春の気候は不安定である。空気が先刻まで乾いて居たのに、俄(にわか)に湿気を帯び始めては、半日程の雨が降り、止(や)んだ後に再び乾く。気温も、晩冬と初夏が稀(まれ)に訪れ、その間に春の心地好さを感じる事が出来る。

 昨日の雨に打たれて、椿(つばき)の花から雫(しずく)が滴(したた)り落ちて居た。その向こうに見える大門に、何やら人集(だか)りが出来て居る。未だ土は泥濘(ぬかる)んで居たが、貴人と思(おぼ)しき人達は、履物(はきもの)を泥に塗(まみ)れさせながらも、惜別の言葉を交して居た。

 陽は、未だ東の空に低い。平安京大内裏(だいり)に程近いここ閑院殿正門では、十名程の若者が、旅の仕度を整えて居た。その先頭に立つ平政隆は、邸の主である藤原公季(きんすえ)の見送りを受け、恐縮しつつも、別れの挨拶を述べて居る。
「では、これより出立致しまする。任期を終える四年後には、必ずや丹後をより豊かな地と成し、大殿(おとど)の御厚恩に報いたく存じまする。」
「うむ。期待して居るぞ。」
公季は穏やかに、政隆に返した。そしてその脇から、娘の玉綾姫が進み出る。
「丹後は北方に在り、御寒い処と聞き及んでござりまする。未だ未だ寒い日も有りましょうから、御風邪など召されませぬ様。」
妻の言葉に、政隆は笑顔で答えた。
「私は奥州の出身。少々の寒さは応えませぬ。御案じ召されるな。」
姫は暫(しば)しの別れを痛む面持ちで、黙って頷(うなず)く。

 やがて、広瀬十郎が政隆の馬を曳(ひ)いて来た。政隆は公季に深く辞儀をした後、颯爽(さっそう)と馬に飛び乗った。その時、見送りに来て居た坂上広高が声を掛ける。
「野盗に手を焼く事が有れば、儂(わし)を頼れ。加勢に参る。」
「有難うござる。」
政隆は馬上にて、一礼して返した。

 手綱(たづな)を捌(さば)いて馬の向きを変えると、政隆はよく通る声で号令を発した。
「出発。」
政隆の馬がゆっくりと歩を進めると、その後を広瀬十郎以下、磐城の若武者十名が荷を携(たずさ)え、随行した。
「達者でのう。」
邸の者が最後の声を掛ける。玉綾姫は、父の袖に顔を押し当て、涙を堪(こら)えて居た。

 政隆一行は、山陰道を北西に進んだ。前にこの道を通った時は、未だ閑院家に仕えたばかりの頃で、坂上広高に随行して、由良庄の視察が目的であった。そして、初めてこの道を辿(たど)った時、政隆は逃亡者であった。和江の延命寺、亀岡の穴太(あなお)寺の助けを得て、僧の形(なり)に身を変じ、漸(ようや)く三庄太夫の追手を捲(ま)く事が出来たのである。

 山陰道佐治駅の手前で、丹後へ至る街道は分岐して居る。加古川を離れて北上すると、今度は道が由良川を伝う様に成る。このまま川沿いに北上すれば、三庄太夫の所領へと入る。しかし、此度の目的地は丹後国府である。街道は間も無く由良川を離れ、北に進路を転じ、大江山の西麓を回り込む。

 大江山の北麓に出ると、街道は再び分岐して居た。左へ進むと、程無く但馬国(たじまのくに)に入り、一宮(いちのみや)出石(いずし)社を経て、但馬国府に至る。一行は右の道を選び、丹後国府を目指した。

 野田川に沿って北東へ進むと、やがて前方に海が見えて来た。阿蘇海である。そしてこの海と宮津湾を仕切る様に架かって居る細長い陸地が、天橋立(あまのはしだて)である。街道は北岸を進み、間も無く府中の街へと入った。丹後総社の先に、国府政庁が置かれて居る。

 国府の正門では、衛兵が立って警備が成されて居る。一行が正門の側まで来ると、衛兵達も此方(こちら)に注意を向け始めた。広瀬十郎が一人先行して、門衛の前へと進み出る。
「丹後守平政隆様、御到着である。」
「任官状はござりまするか?」
「これに。」
十郎は荷の中より、任官状を納めた木箱を取り出し、書翰(しょかん)を門衛に手渡す。

 門衛は確(しか)と書翰(しょかん)の文面を確認した後、丁寧に十郎の手へ戻した。そして、近くの者達に大声で告げる。
「丹後守様、御到着。」
兵達は駆足で門の前に整列し、国府の大門が重い音を立てて開かれる。そして、隊長と思(おぼ)しき者が政隆の前へと駆け寄り、跪(ひざまず)く。
「これより、国守様の御休み所へ御案内仕(つかまつ)りまする。」
「うむ。宜しく頼む。」
政隆は馬を進め、供の者を率いて大門を潜(くぐ)って行く。一行が過ぎ去った後、門は再び軋(きし)む音を響かせながら、閉ざされた。

 国守の間に入った政隆は、先ず荷の整理を行った後、供の者に休息を取る様言い渡した。家臣達は己の荷を携え、十郎を先頭に各自の間へと向かって行った。

 独りに成った政隆は、部屋の中央で横に成り、大の字で天井を仰(あお)いだ。長旅の疲れがどっと出て来る。外で鶯(うぐいす)が奏(かな)でる鳴き声を子守唄(こもりうた)に、政隆は眠りの中へと落ち様として居た。

 幾許(いくばく)も経たぬ内に、回廊を渡って来る足音が聞こえた。衝立(ついたて)障子(しょうじ)でも立てて置けば良かったと後悔したが、もう遅い。着任早々だらしの無い姿は見せられぬと、政隆は眠い目を擦(こす)って起き上がった。

 やがて姿を現したのは、国府の文官と思(おぼ)しき中老の男であった。部屋の入口で畏(かしこ)まり、政隆に言上する。
「御寛(くつろ)ぎの所、申し訳ござりませぬ。明日午前の予定を申し上げに、参りましてござりまする。」
「うむ。申せ。」
眠る直前で起された為、政隆の声は低い。それを察してか、文官は恐縮して申し上げた。
「はっ。現在暫定的に国政を預かる介の殿より、正式に国府(こう)の殿に権限が移譲された事を国内に示すべく、文武百官を召集し、就任の式典を執り行いまする。」
「相(あい)解った。其方(そち)に任せる。」
「ははっ。では今日一日、ゆっくりと疲れを御取り下さりませ。」
そう告げて、文官は国守の間を辞して行った。そして間も無く、鶯(うぐいす)の囀(さえず)りに紛(まぎ)れて、政隆の寝息が響き始めた。

 翌朝、家臣達を自室へと集め、朝餉(あさげ)を共にした。そして、人心地付く間も無く、式典の準備に追われ始める。政隆は、京を発する前に玉綾姫より送られた、国守の束帯(そくたい)を身に纏(まと)った。今まで着た事が無い、絹製の衣(ころも)であった。慣れぬ柔らかさが如何(いかん)とも、政隆にはむず痒(がゆ)く感じられた。

 政隆の家臣たちは、十郎が八位に叙されて居る他は、悉(ことごと)くが無位無官である。しかし、太政大臣藤原公季の陪臣(ばいしん)である為、国府も粗末な扱いは出来ない。政隆の意向も有り、武官の束帯(そくたい)を纏(まと)い、式典の警固に加わる事と成った。

 その日の巳(み)の刻、丹後国府に出仕する介(すけ)、掾(じょう)、目(もく)に加え、史生、国博士、学生、医師、医生、読師、国検非違使(けびいし)等、官吏の殆(ほとん)どが、政庁広間に整列をして控えて居た。最後に新任国守政隆が上座に腰を据(す)え、愈々(いよいよ)式典が始まる運びと成った。

 介より順に紹介が有り、これまでの己の任務を報告する。介の名は與謝延年(よさののぶとし)、掾(じょう)は大江常能(おおえのつねよし)、目(もく)は小倉行長(おぐらのゆきなが)といった。皆一様に、国内の平穏を報告した。政隆は苦笑して答える。
「国内に賊は居らず、民は皆幸せに暮らして居るか。それでは、私の成すべき事が無いのう。」
介の與謝(よさ)が破顔して言上する。
「国府(こう)の殿は昨年、奥州平定の大功を立てられ、その功績から国守に任官されたと承って居りまする。国家の功労者ともなれば、四年間は緩(ゆる)りと休まれる様、天朝様の御計らいにござりましょう。」
「それは有難いが、何もせねばやはり、天朝様にも申し訳が立たぬ。些細(ささい)な事でも良い故、何ぞ国政に問題は無いのか?」
政隆の重ねての質問に、掾(じょう)の大江が口を開いた。
「敢(あ)えてと仰せられまするなら、近海に度々、海賊が出没してござりまする。」
「ほう、海賊とな?」
慌てて、介が口を挟んだ。
「あいや。沖を通過するのみにて、当国の民に悪さをする訳ではござりませぬ。」
與謝は政隆に申し上げた後、大江の方を睨(にら)む。それを受けて、大江は口を噤(つぐ)んだ。
(介は、面倒な事を隠して居るな。)
政隆は二人の様子から、そう感ずる事が出来た。

 一通り官吏達の紹介が済んだ後、介が国守の印鑰(いんやく)を携え、政隆へ差し出した。この印を用いて作成した書状は、即(すなわ)ち丹後守の公文書と成る。政隆は厳粛に、それを受け取った。これを以(もっ)て政隆は名実共に、丹後守の座に着いたのである。

 その後、五人の男が挨拶を行った。国内五郡の郡司、もしくはその名代である。郡司は国守の下、郡政を司(つかさど)る。
「民の安寧を重視し、政(まつりごと)に勤(いそ)しむ様。」
政隆の言を受けて、五人の男達は揃(そろ)って跪(ひざまず)いた。

 続いて、二人の供を率いた若者が、国守の前へ進み出て、座礼を執った。
「父、三国太夫の名代として罷(まか)り越しました。成合の庄司、四郎と申しまする。聞けば国守様は、太政大臣公季様の女婿(じょせい)に在らせられるとか。当家は、閑院様より荘園を御預かりする領家なれば、今後共、宜しゅう御願い申し上げまする。これはつまらぬ物にござりまするが、当家よりの本の気持にござりまする。」
四郎の言葉を受けて、二人の供が差し出した物は、絹の反物と金箔(きんぱく)の杯(さかずき)であった。

 ふと、政隆の脳裏(のうり)を過(よぎ)る光景が有った。厳冬の中、絹を紡(つむ)ぐ婢(ひ)の姿。鉱山の重労働に堪(た)える奴(ぬ)の姿。皆満足な食事も得られず、痩(や)せ衰(おとろ)えて居る。そして作業が捗(はかど)らねば、こっ酷(ぴど)く打ち据えられ、飯を抜かれるのである。倒れて動けなく成った者を、山へ捨てに行く己の姿が見えた途端、政隆は我に返った。額を、冷たい汗が伝って居た。

 政隆は、国守の威厳を損なわぬ様に気を遣(つか)い、四郎に告げる。
「御気持、有難く頂戴致した。しかし着任早々、式典の中で百官を前に受け取るのは、何かと障(さわ)りがござる。申し訳ござらぬが、この場は引き取って貰(もら)えませぬか。近々三国太夫殿の元へは、挨拶に伺(うかが)う事もござり申そう。」
「然様(さよう)にござりまするか。まあ、初めて国守に御就任された由(よし)にて、慎重になられるは悪い事ではござりませぬ。追い追い、国守と庄司の関係にも、慣れて来申そう。我等は共に、太政大臣様の下に在る身。この場は取り敢(あ)えず、国守様の仰(おお)せに従いまする。」
そう告げて、四郎は進物(しんもつ)を渡さぬまま、素直に引き下がった。謹厳な国守を印象付ける事に一役買った事で、恩を売った積りで居るのかも知れない。

 堂々とした態度で下がって行く四郎を見詰めながら、政隆は傍らで警固を務める広瀬十郎に、そっと囁(ささや)いた。
「彼の男の顔、よく覚えて置け。」
「はっ。」
十郎は命ぜられるまま、四郎を目で追った。

 庄司は郡司とは異なり、有力貴族、皇族、寺社の直轄(ちょっかつ)であり、国守の管轄外の存在である。庄司が武力を蓄え、国守がそれに対抗し得る力が備わって居なければ、当然庄司より侮(あなど)りを受ける事と成る。

 式典が終った後、新国司就任の宴(うたげ)が催される予定であった。しかし、国司政隆が体調の不良を訴えて自室へ戻ってしまった為、宴(うたげ)は延期と成った。国府官吏や来賓(らいひん)は、突然の事に困惑して居たが、仕方の無い様子で、ぞろぞろと退庁して行った。事後処理の責任者である與謝延年は、大きな溜息を吐(つ)いて居た。

 翌日早朝、国府の各門において、夜間の警備を終えた兵が後任の者と交代し、各自の詰処(つめしょ)へと戻って行く。天候は雲も少なく、穏やかであり、麗(うら)らかな日和の所為(せい)か、欠伸(あくび)をして居る者の姿が目に付いた。

 ふと、旅仕度を整えた武士が二人、国府の外へと出て来た。門前で互いの無事を祈り合うと、一人は西方、京へ至る街道を歩み、もう一人は東方へと進み出した。

 国府の東には、丹後一宮(いちのみや)の籠(こもり)社が在り、その東南が天橋立の北端である。その東側が、湊(みなと)町として発展して居た。武士は湊へと足を踏み入れ、船上で未だ微睡(まどろみ)の中に在る水夫(かこ)に、大声で告げた。
「至急の用有り。急ぎ出航の用意を致せ。」
水夫は寝惚(ねぼ)け眼(まなこ)を擦(こす)り、不機嫌な顔で返す。
「煩(うるさ)いのう。何奴(なにやつ)じゃ?」
「丹後守様の使者じゃ。ここに命令書を携えて居る。」
「ひっ、国守様の。」
水夫(かこ)は一気に目が覚めた様子で、船を下りて来た。
「只今船頭を呼んで参りまする故、暫(しば)し御待ちを。」
(あわ)てふためき、水夫(かこ)は走り去って行った。

 程無く十人余の水夫(かこ)を引き連れ、船頭が姿を現した。武士は命令書を船頭に示す。それを確認した船頭は、直ちに水夫(かこ)達に出航の仕度を命じた。そして武士は船頭に案内され、船上へと移った。

 四半時も過ぎた頃、その船は宮津湾を抜け、若狭湾に出て居た。

 辰(たつ)の刻、政庁に新国守の姿は無かった。その代り、国検非違使(けびいし)が政隆の招きを受け、国守の間へ渡って来た。

 政隆は寝衣(ねまき)のまま床(とこ)に入って居り、傍(かたわ)らでは広瀬十郎が控えて居る。国検非違使(けびいし)は入口で歩を止め、座礼を執った。到着に気付いた政隆は、疲れた顔で告げる。
「おお、来て下されたか。見ての通りじゃ。体調を崩してしまい、登庁する事が叶(かな)わぬ。」
「御無理は禁物にござりまする。」
国検非違使(けびいし)の言葉に、政隆は苦笑する。
「気持は有難いが、着任早々只寝て居ては、私を国守に任じて下された天朝様に、申し訳が立たぬ。そこでじゃ。私の側近である広瀬に、国内の状況を調査させて置きたい。其方(そなた)、適当な者を広瀬に貸してはくれぬか?」
政隆の言葉が終ると、広瀬十郎は向き直って一礼した。国検非違使(けびいし)は和(にこ)やかに答える。
「立派な御志と存じ奉(たてまつ)りまする。某(それがし)も、出来得る限りの御手伝いをさせて戴く所存にござりまする。」
政隆は、国検非違使(けびいし)を見詰めて頷(うなず)く。
「では、広瀬を宜しく頼み申す。」
「ははっ。」
国検非違使(けびいし)は辞儀をして立ち上がり、十郎を伴って、政隆の元を後にした。

 その日から、広瀬十郎は二、三騎の磐城武士を率いて、国内の視察を開始した。しかし、案内人は国検非違使(けびいし)の部下である。万一、一行が荘園領内に足を踏み入れた場合、国使不入の権という不文律に抵触する事と成り、一大事に発展する怖れも有る。その他にも、国衙(こくが)領であるにも拘(かかわ)らず、適当な理由を付けては、広瀬等の侵入を防ごうとする箇処が有った。十郎はその地に、無理に入る事はしなかったので、案内者は安堵した様子で、国内の紹介を続けてくれた。

 翌日、政隆の周りに詰めて居た磐城武士達が、一人、又一人と居なく成った。不審に思った官吏が、政隆に尋ねた事が有ったが、広瀬に預けてあると答えるばかりである。政隆は未だ床(とこ)上げをして居なかったので、それ以上聞く事も憚(はばか)られ、結局は、国内の視察に随行して居るのであろう、という話に成った。

 丹後守が病(やまい)に臥(ふ)せって政務が執れぬ故、引き続き、丹後介與謝延年(よさののぶとし)が代行して居た。しかし、政隆は延年に国守の印鑰(いんやく)を預けなかった為、書翰(しょかん)は介の印章を以(もっ)て作成された。中でも重要な物に限っては、政隆が寝室で確認後に、国守の印を押す事とした。

 広瀬十郎が国内の視察を終えて、国府に戻って来た翌日、政隆は床(とこ)上げをし、暫(しばら)く振りに政庁へ姿を現した。突然の国守登庁に因(よ)り、諸官吏の中には、これで国政が正常化すると安堵する者、何かをし出かすのではと肝を冷す者、様々在った。

 政隆は十郎を伴い、国検非違使(けびいし)の詰所に入ると、そこに介(すけ)、掾(じょう)、目(もく)を呼び寄せる使いを送った。国検非違使(けびいし)は己の間に政隆を案内し、下座に畏(かしこ)まった。政隆が上座に腰を据え、十郎は脇に控える。そして先ず、政隆は国検非違使(けびいし)に礼を述べた。
「この度は、広瀬に託した国内の巡察に御助力戴き、有難く存ずる。実は、閑院殿の大殿(おとど)と約束がござりましてな。我が妻は、国内の平穏が確認された後、丹後へ移すと。」
「はっ。御役に立てましたる段、嬉しく存じまする。」
政隆と国検非違使(けびいし)が話をして居ると、間も無く、召集した三人が姿を現した。三人は介を中央にして並び、入口で座礼を執る。
「国府(こう)の殿におかれましては、無時に御回復遊ばされたる由(よし)にて、我等一同、御慶び申し上げまする。」
介が代表して、挨拶を述べた。政隆は真顔のまま、三人を呼ぶ。
「中へ入られよ。大事な話が有る。」
介達は一礼した後、下座へ進み出た。国検非違使(けびいし)が脇へ退(の)き、三人はそこへ座す。

 介以下が再び礼を執った後、介は何かを政隆に告げ様とした。自身への苦情であろうと察した政隆は、介の声を打ち消す大きな声で、三人に話を始める。
「実は、掾(じょう)の殿が申された、海賊の事が気に掛かって居ってな。国検非違使(けびいし)殿の力を借り、広瀬十郎に国内の視察をさせて居った。」
政隆は振り返り、十郎に命ずる。
「其方(そち)が見聞きしたる事、報告せよ。」
「はっ。」
十郎は承ると、介達の方へ正対し、口を開いた。
「丹後守様の家臣、広瀬十郎と申しまする。此度は丹後守様の奥方様、即(すなわ)ち太政大臣公季様の姫君を当国へ御迎えするに当り、国内の情勢を視察する役目を、仰せ付かりましてござりまする。」
太政大臣が話に登った為、介以下の顔には緊張が走った。十郎は粛々と話を続ける。
「某(それがし)の手の者が調べましたる所、沿岸部には確かに、海賊が上陸してござりまする。その証拠に、海賊の一味に売られて来たと申す奴婢(ぬひ)の幾人かと、接触してござりまする。」
十郎の話の後、政隆は懐より一通の書翰(しょかん)を取り出し、介である與謝延年(よさののぶとし)に渡した。延年は謹(つつし)んでそれを押し戴くと、開いて文面を確認する。

 その書翰(しょかん)には、国内の禁令が認(したた)められて居た。一つに、国内における人身売買の禁止。一つに、奴婢(ぬひ)を使用する事を禁ずる内容であった。介(すけ)から掾(じょう)、掾から目(もく)へ回覧されて居る間、政隆は言葉で説明する。
「当国に海賊が出入りする原因は、奴婢(ぬひ)を売り買いする事が目的の様じゃ。さればそれを禁止した上、更(さら)には国内の者にも、奴婢(ぬひ)を雇(やと)う事を禁制と致さば、海賊も当国へ来る必要は無く成るであろう。」
目の小倉行長まで確認を終えた所で、政隆は語気を強めて言い渡す。
「宜しいか。公季様の姫に万一の事有らば、貴殿方に如何(いか)なる咎(とが)めが下されるか、判(わか)った物ではないぞ。即刻、国内全ての村に高札を掲(かか)げよ。」
「ははっ。」
太政大臣の名に、三人はすっかり畏縮して居た。介は書翰(しょかん)を預かり、政隆に言上する。
「早急に仰せの旨、実行に移しまする。然(しか)らばこれにて。」
介は辞儀をして立ち上がると、掾(じょう)と目(もく)を伴い、政庁本殿へと戻って行った。

 三人の姿が見えなく成ると、政隆も腰を上げた。そして、国検非違使(けびいし)に告げる。
「これより正式に、海賊を取り締まる為の禁制が発令され申す。徹底した取締りを、宜しく御願い致す。」
「はっ。承知仕(つかまつ)り申した。」
国検非違使(けびいし)が深く頭(こうべ)を垂れたのを見て、政隆は十郎を伴い、政庁正殿へと渡って行った。

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