海道伝説 目次

第一章 滅亡と中興 (平成19年1月20日)

第一巻
 物語は、平将門が腐敗した貴族政治から脱却し、関東に新国家を築いた天慶3年(940)から始まります。 将門は相馬平家の棟梁として、坂東武者を率いて連戦連勝を重ねた勇者でしたが、 天皇を自称した事により国賊とされ、従兄弟の平貞盛、俵藤太こと藤原秀郷連合軍に敗れ、討死を遂げます。 将門の次男である相馬小次郎が、本章の主人公です。 小次郎は将門が反乱を起す前、京の藤原式家に奉公し、学問を身に付けていました。 しかし父が賊将とされた事で、環境が一転します。 賊将の子とされ、命も危うくなりました。 そして小次郎を養育していた式家長者藤原忠文もまた、立場が危うくなります。 忠文は征東大将軍を拝命し、老齢ながら率先して将門討伐に向かう事で、自身の立場を守ろうとします。 しかし忠文が関東に到着した時には、すでに将門は討ち取られ、残党刈りが始まっていました。 その時、奥州から桓武平家の長老、平良文が凱旋して来ます。 良文は長男の妻に小次郎の姉を迎え、将門の縁者でした。 忠文は良文に、今後罪が及ばぬ策を尋ねます。 良文が示した案は、当時瀬戸内海で太政大臣を自称して暴れていた藤原純友討伐に、 小次郎を出陣させる事でした。 小次郎が軍功を挙げれば、忠文と小次郎の双方が救われます。 良文としても、関東で人望の有る将門の遺児を擁立する事で、勢力を広げる利点が有りました。 かくして小次郎は平忠政と名乗り、藤原忠文と平良文の連合軍を率いて、瀬戸内海に出陣する事になります。 藤原純友は長年朝廷が手出しできなかった勢力であり、 官軍の副将はかつて将門に苦杯をなめさせられた経基王でした。 小次郎は初陣の上に腹背に敵を抱え、家臣は二派に分かれています。 それでも勝たなければ、生き別れた母や兄妹と再会できぬ事を悟った忠政は、 命懸けで瀬戸内海へ船出します。

第二章 治国の策 (平成20年4月18日)

・上(第二巻
 東の平将門、西の藤原純友と、相次ぐ武士の反乱の鎮圧に成功した朝廷は、 天暦三年(949)に大黒柱である藤原忠平を失い、村上天皇による親政が始まります。 嫡流である左大臣藤原実頼ではなく、弟の右大臣藤原師輔が登用され、 貴族政治に乱れが生じる一方、地方行政は再び不穏な雲行きとなります。 村上天皇崩御の康保四年(967)、奥州で大規模な土豪の反乱が起り、朝廷は官軍の出動を迫られます。 しかし反乱軍に勢いが有り、官軍は財政難に加え、地方豪族も出陣には慎重で、 動乱は奥州の広域に広がって行きました。 本章の主人公平政氏は、平将門の孫故に出世の道が閉ざされ、凋落していた藤原式家に養育されて育ちました。 そしてこの動乱を立身の好機と捉え、父祖の遺した相馬軍精鋭部隊を率いて、奥州へ出陣します。 しかし地の利は敵に有り、苦戦しつつも、徐々に地元勢力を味方に加え、遂には反乱の鎮圧に成功します。 結果、政氏には奥州四郡が与えられ、めでたく地方武士団の棟梁になります。 しかし四郡は飛び地であり、しかも不案内な土地故に、郡政には難問が待ち受けていました。 政氏は自ら所領を視察し、率先して領内の開発に着手します。 善政をしき、民の楽土を求める政氏に続いて立ちはだかったのは、それを快く思わない地元勢力でした。 政氏が民衆の信頼を得るほど、窮屈になる豪族達は、ついに政氏打倒の兵を挙げます。 長年武士の棟梁として研鑚を積み、屈強な武士団をまとめて来た政氏は、 遂には対抗勢力との、全面戦争に突入します。

・下(第三巻
 本拠地、奥州磐城郡の制圧に成功した平政氏ですが、依然関東では宗主平忠頼と宿敵平繁盛の争いが続き、 政氏も又、その中へ飲み込まれようとします。 その頃、繁盛の兄であり、政氏の祖父平将門の仇である平貞盛が、陸奥守として着任しました。 時代の制度上、政氏は貞盛の下に置かれる事となり、政氏は貞盛の任期中には隙を作るまいと、努力します。 やがて貞盛が去って間も無く、陸奥守に繁盛、それを補佐する陸奥介に忠頼が任官します。 奥州は俄に臨戦態勢となり、両者の全面衝突を危惧した政氏は、朝廷に働き掛け、両者の衝突を回避します。 めでたく平和を取り戻した東国ですが、繁盛と忠頼が官職を失った一方で、政氏が陸奥掾に任官し、 これまでの力関係に変化が生じます。 陸奥国府の重役に就いた政氏は、これまでの郡政で積み上げた経験を、今度は国政に活かそうと考えます。 政氏の勢力は拡大し、やがては奥州南部の広大な土地の武士団を纏め上げる、棟梁に成長します。 時代が移ろい、代替わりが成されると、政氏は南の脅威であった常陸平家と和睦し、陸奥に平和をもたらします。 政氏は奥州一の勢力を誇り、奥州の太守「岩城判官」と称されるまでになりました。 磐城平家は三大老の補佐を得て、磐城四家が地方を固め、組織を盤石な物にして行きます。 しかし、ある時陸奥守が在任中に事故死し、政氏は陸奥国府の責任者として、 京の朝廷に報告に赴く事に成りました。 その時、政氏の著しい勢力拡大を危険視する者達が、権謀術数を用いて罠を仕掛けます。

第三章 望郷 (平成21年8月26日)

・上(第四巻
 平安時代中期、藤原道長が藤原摂関家の最盛期を築く一方、地方では武士団が多極化して行きました。 関東の桓武平氏、秀郷流藤原氏の他、伊勢平氏、清和源氏の台頭です。 一方、本作で紹介して来た奥州磐城平家は、大黒柱政氏が流刑に処せられ、長男平政道が棟梁を継ぎました。 政道は父が残した家名を維持するべく努めますが、南奥州に広大な勢力を築いているだけに、 家臣の間で派閥抗争が起り、それは次第に政道の立場をも危うくして行きます。 政氏が残した三大老の筆頭村岡重頼が、他の二大老を力で押しのけ、 やがて家中で突出した勢力を持つようになります。 重頼は関東中央部に勢力を持つ本家平忠頼の支援も得て、遂には主君政道を脅かすようになります。 忠臣達は村岡氏の専横を憂い、これを食い止めようと努めますが、村岡陣営は力づくで、これを排除して行きます。 やがて実権を村岡重頼に奪われた政道は、生活が乱れ始めます。 本章の主人公千勝は政道の長男に生まれ、かつて常陸介として陣頭指揮を執っていた頃の父を偲びつつ、 館の片隅で成長して行きます。 ある時、村岡家の家臣が主君重頼を政道に取って代わらせるべく謀叛を企み、 遂には政道を村岡領内へ誘い出し、暗殺してしまいます。 千勝は重頼の傀儡として磐城平家を相続するも、いつ父の二の舞にされるか分からず、 忠臣が隙を見て館を脱出させ、仙道信夫へ逃がします。 信夫は千勝の生まれ故郷ですが、村岡重頼によって遂にはここも、制圧されてしまいます。 もはや領地を失った千勝は、母や姉、侍女と共に、北陸道を進んで、都を目指す他は有りませんでした。 祖父政氏の赦免を願い出て、故国を取り戻す為です。 こうして、森鴎外の小説「山椒大夫」に、物語は結び付いて行きます。

・中(第五巻
 何とか謀反人村岡重頼の魔の手から逃れた医王丸一行でしたが、 祖国を取り戻す為に、新たな旅を始めなければなりませんでした。 多くの奥州武士の崇敬を集める祖父平政氏を、流刑地筑前から帰国させるべく、 京に赴いて奥州の動乱を報告し、赦免を実現される他に手が無かったのです。 幸い、越前の豪族と友好関係にあったので、その支援を受けるべく、北陸道を西へ進みます。 しかし、越後国府近くで人買いに騙され、母と子は離れ離れにされてしまいます。 医王丸と姉万珠は丹後の豪族三庄太夫の元に売られ、奴隷として働かされる事になります。 やがて医王丸は万珠と別の作業場へ移され、姉弟も村の中で引き離されるのですが、 後に医王丸殺害計画を聞いた万珠は、弟との再会を果します。 万珠は守り通した家宝を弟に託し、村からの脱走を勧めます。 そして姉の犠牲を代償に、医王丸は丹後からの脱出に成功しました。 近江三井寺の伯父を頼った医王丸でしたが、不運にも不在であった為に、万策尽きます。 しかし右大臣閑院藤原公季に出会い、家宝から素姓が判明し、幸運にも家臣として取り立ててもらえました。 医王丸は平政隆と名乗り、官位も与えられました。 やがて奥州で村岡氏が家臣を纏められずに動乱が勃発すると、政隆は官軍の総大将として、奥州へ出陣します。 しかし、相手は奥州南部随一の武力を誇る村岡重頼です。 また伯母が重頼の妻である事も有り、身内同士の戦いを強いられる事になります。 政隆は多くの苦難を乗り越えて、祖国の奪還を目指します。 そして他にも政隆を待っていたのは、磐城平家忠臣の生き残りたちでした。

・下(第六巻
 祖国奥州磐城を回復した平政隆は、軍功有って丹後守に就任します。 丹後は、政隆が少年時代を奴隷として過ごし、姉を失った苦い思い出の有る土地でした。 政隆が真っ先に行ったのは、奴隷制度の廃止です。 すなわち、人買いに売られて来て故郷に帰りたい者には路銀を渡し、 丹後に残って良民となりたい者には、食料と道具を与えるという方針です。 しかし、国守の権限は国領に限られ、貴族の私領である荘園は、 これを無視する事ができるという不文律が有りました。 かつて政隆を奴隷として使っていた三庄太夫は、当然これを無視します。 政隆は磐城武士団を率いて、武力を以て三庄太夫の荘園に攻め込み、これを制圧しました。 三庄太夫方は主君である太政大臣に無法を訴え出て、反撃の構えを取ります。 しかし政隆は奴隷制度の撤廃によって、国領と荘園の双方の産業を発達させる仕組みを作り上げ、 やがて奴隷制度時代よりも丹後国は豊かになり、太政大臣にも見限られた三庄太夫は、行方知れずとなります。 丹後の国政が軌道に乗った後、政隆は生き別れた母を探しに向かいます。 苦労の末、政隆は母を探し出しますが、長年の苦労から視力を失い、 立派に成長した姿を見せる事はできませんでした。 西国の務めを終えた政隆は、母や妻子を伴って、故郷の磐城へ帰国します。 やがて、奥州にも動乱の兆しが現れ始めます。 陸奥守と安倍頼良が戦を起して前九年の役が勃発し、政隆は国府軍に味方し、所領の津軽へ向かいます。 安倍方が国府を相手に大人しくなると、磐手まで進出しますが、ここに来て安倍方が反撃に出ます。 源頼義率いる国府軍が敗北すると、政隆は磐手から身動きが取れなくなり、やがてこの地に没します。 その後磐城に勢力を伸ばしたのは、常陸から移り住んだ平則道でした。 新しい時代が到来し、政隆は岩手山の神として祀られました。海道伝説は、ここに完結します。


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