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第十五節 母子の別離
応化(おうげ)橋は浜より十町程しか離れていない。故に海風を遮(さえぎ)る物が無く、突風が頻繁(ひんぱん)に川原を吹き抜ける。
明け方、橋の脇に置かれた材木の隙間で、藁筵(わらむしろ)を掛けて寝て居た母御前は、余りの寒さに目を覚ました。材木が楯と成り、突風の直撃こそは避けられる物の、回り込んで来る風だけでも、人の体温を急激に奪って来る。御前は身を起すと、腕を摩(さす)って体を温め様と努めた。昨夜、親切な汐汲(しおくみ)女が筵(むしろ)を貸してくれなかったらと思うと、ぞっとする。
御前の腕を摩(さす)る音に、姥竹(うばたけ)も目を覚ました。二人の間に体を寄せ合って居る万珠と医王丸は、未だ微睡(まどろ)みの中である。姥竹も、早朝の冷え込みに辟易(へきえき)し、二人の子供を起さぬ様、そっと声を掛けた。
「こう寒くては適(かな)いませぬ。火を起し、白湯(さゆ)でも仕度致しましょう。」
「頼みまする。」
姥竹は静かに立ち上がると、材木の陰の、風の当たらぬ所で火を起した。風が吹いて居る間は、小さな火に止めて置かねば、火災の怖れが有る。姥竹は薪(まき)代りの小枝を集めては、少量ずつ焼(く)べ、小さいながらも焚火(たきび)が出来た。
時折吹き込む風に、火は一瞬大きく燃え上がった。しかし延焼や、逆に火が消えてしまう心配が無く成ったと判断した姥竹は、御前に向かい申し上げる。
「何か水を入れる物が無ければ、湯を沸かせませぬ。近くの民家より借り受けて参りまする故、暫(しば)し火の番を御願い致しまする。」
「解りました。」
御前は焚火(たきび)の脇に腰を下ろすと、自身の体で風を遮(さえぎ)り、火を絶やさぬ様に気を配った。一方で姥竹は、土手を駆け上がり、村落の方へ走り去って行った。
やがて、東の空が俄(にわか)に白み始めて来た。朝日を受け、万珠と医王丸も、ごそごそと起き出して来る。
「母上、寒うござりまする。」
「火を焚(た)きました。此方(こちら)に来て当たりなさい。」
二人の子供は母の両隣に腰を下ろし、火に手を翳(かざ)した。しかし小さな火では、中々凍(こご)えた身体の芯(しん)までは温まらない。子供達の体は小刻みに震えて居た。
ふと背後より、川原を歩いて来る足音が聞こえて来た。姥竹が戻って来た物と思い振り返ると、そこには顔中に深い皺(しわ)を刻んだ、老婆の姿が在った。
「旅の御方かね?」
御前は腰を上げ、老婆の方へ向き直って答える。
「はい。奥州信夫(しのぶ)郡より、越前へ向かう途中にござりまする。」
「ほう、母子三人連れの旅とは難儀な事じゃ。見れば和子(わこ)等は、野宿の為にすっかり身体を冷してしまった様子。宜しければ、粥(かゆ)の一杯も差し上げたいが。近くの我が家へ御越しにならぬか?」
御膳は困った顔で、土手の上をちらちら見ながら答える。
「実は、御供の女中が、未だ戻って来ないのです。」
老婆は皺(しわ)を更(さら)に深くして微笑(ほほえ)む。
「然様(さよう)ですか。実は甥(おい)に、既(すで)に大鍋一杯の粥(かゆ)を用意させてあります。私もここで女中殿を御待ち致す故、皆様で是非御越し下され。余計な御節介(おせっかい)とは存じまするが。」
「いいえ、御婆(ばば)殿の親切心は誠に有難く、心に沁(し)みてござりまする。姥竹が戻りましたら、御好意に甘えたいと存じまする。」
老婆は破顔して頷(うなず)くと、つと溜息を吐(つ)いた。
「此度、国府(こう)の守が宿貸し禁制を定めて後、頸城(くびき)辺りは旅の者が足早に素通りし、めっきり町の賑(にぎ)わいが無う成ってしもうた。下々は国衙(こくが)を恐れ、旅の者を避ける様に成った。しかし、斯様(かよう)な禁制さえ無ければ、皆旅人を快く迎えたいのじゃ。」
「解りまする。あの藁筵(わらむしろ)も、近郷の方が子供達を哀れんで貸してくれました。本来は、人情の厚い土地柄なのだと存じまする。」
「ほう、然様(さよう)でしたか。」
御前と老婆が睦(むつ)まじく話しをして居ると、やがて姥竹が川原へ戻って来た。手には御湯を入れた瓶子(へいし)を持って居る。
「御待たせ致しました。民家は未だ寝静まって居りました故、汐浜の主と申される方の御館まで行き、湯を戴いて参りました。」
御前は、遠方まで寒い中を行かせた労を犒(ねぎら)う。
「御苦労でした。実は、姥竹が湯を貰(もら)いに行って居る間、此方(こちら)の婆(ばば)様が私達の姿を認め、不便(ふびん)に思(おぼ)し召されて、粥(かゆ)を御馳走(ごちそう)して下さると言われるのです。」
姥竹は老婆に視線を移し、その身形(みなり)、容貌(ようぼう)を確認した上で話し掛けた。
「それはそれは、御気遣いを戴き、誠に有難き事と存じまする。されども、この時分に私達が御住まいに入っては、有らぬ疑いを掛けられはしますまいか?」
老婆は頷(うなず)き、且(か)つ口元を綻(ほころ)ばせる。
「確かに。されど私等は海の民。国府に納められる税も、浜の衆の力があってこそ、中越、下越より滞り無く国庫に入るのでございます。多少の事で騒ぎを起すは、国府の方でも望まぬ事にございまする。」
そう言うと、ゆっくりと腰を上げ、応化(おうげ)橋へ向かって歩いて行く。
御前等は既(すで)に出立の用意を終え、姥竹の荷も整えて在った。四人は各々の荷を携え、老婆の後を追った。
応化(おうげ)橋を渡り荒川西岸に出た後、暫(しば)し川伝いに北へ進んだ。やがて砂浜が見えて来た。その西方に松林が在り、老婆はその中の荒屋(あばらや)へと入って行った。
「汚い処ですが、どうぞ御入り下され。」
老婆の声に促(うなが)され、四人は恐る恐る、中へ足を踏み入れた。
荒屋(あばらや)は彼方此方(あちこち)より外の光が漏(も)れて居り、中央に焚(た)かれた囲炉裏(いろり)だけで、室内は充分明るく感じられた。
「さあ、囲炉裏(いろり)に当たって、身体を温めて下され。」
囲炉裏端(いろりばた)より男が声を掛けた。鍋を掻(か)き混ぜて居る様を見ると、この老婆の甥(おい)なのであろう。
「失礼致しまする。」
御前は一礼した後、履物(はきもの)を脱いで中へ上がった。
多少の隙間(すきま)風は有る物の、囲炉裏端はやはり暖かい。四人は甥(おい)に粥(かゆ)を盛って貰(もら)い、御馳走になった。空腹を満たし、尚且(か)つ体の芯から温まる。万珠と医王丸は好意に甘え、何杯も御代りをしたが、老婆等は笑顔で、在るだけの粥(かゆ)を食べさせてくれた。
食事が済むと、母御前は手を突いて、老婆に感謝の言葉を述べた。
「本当に助かりました。これで又、旅を続ける元気が付きました。何と御礼をしたら善(よ)い物でしょう。」
老婆は笑って答える。
「何々、大した事はして居りませぬ。御手を御上げ下され。」
御前が恐縮しながら正座に直った所で、老婆は幾分顔を顰(しか)めて話し始めた。
「そう言えば、皆様は越前へ向かう途中と仰(おお)せられましたな?」
「はい。」
「となれば、北陸道に沿って行かれる御積りか?」
「はい。他に道は存じませぬ故。」
「ふむ。」
老婆は眉間(みけん)の皺(しわ)を一層深くして、黙り込んでしまった。その様子に御前は不安を覚え、恐る恐る尋ねる。
「あの、何か不都合な事が有るのでござりましょうか?」
老婆の口がゆっくりと動く。
「北陸道は小路に指定された街道と雖(いえど)も、未だに整備の行き届かぬ処も在りまする。この先、北陸道は名立(なだち)、鶉石(うずらいし)、滄海(あおみ)の駅家(うまや)を経て越中に入る事と成りましょう。しかし滄海と国境の間は、波濤が押し寄せる崖(がけ)の、僅(わず)かに窪(くぼ)んだ隘路(あいろ)を通らねば成りませぬ。しかも、潮が満ちて居る時は、海底に没する道じゃ。故に常時濡れた岩場故、足を滑らせ、荒波に呑まれた者は数え切れませぬ。そこを抜ける時には、親は子を忘れ、子も親を顧(かえり)みぬ事から、何時(いつ)しか親不知(おやしらず)子不知(こしらず)と呼ばれる様に成ってしまいました。」
御前の表情が、俄(にわか)に暗く成った。その様な危険な道に、子供達を行かせる訳には行かない。信濃東山道へ出るか、あるいは一旦出羽へ引き返すしか無いと考えた。
御前の不安を察し、老婆が甥(おい)に尋ねた。
「そう言えば、そろそろ山岡様の船が二艘、越前角賀(つぬが)へ向かう頃であったのう?」
「ああ。」
「山岡様に、四人を越前まで乗せて行って貰(もら)えぬか、頼んで見ては如何(どう)じゃ?」
「そうさな。目的は角賀(つぬが)の荷を乗せて戻って来るだけじゃて、もしかしたら、乗せてくれるやも知れぬのう。己(おら)、一っ走り行って来る。」
そう言って、甥(おい)は立ち上がるや否(いな)や、一目散に外へ駆け出て行った。四人には、再び北陸の海を経て、越前へ向かう希望が出て来た。
暫(しばら)くして、甥(おい)が静かに戻って来た。その物腰は、先程とは大いに異なり、恭(うやうや)しい。甥(おい)は一人の男を、ここまで案して来て居た。
「これは、村岡様。」
意外な来訪に、老婆は驚いた様子である。それを見た男は、軽く笑った後、視線を四人へと移した。
「旅人とは、この方々かな。」
「はい。」
老婆が答える。四人は、急に現れた男に向かい、畏(かしこ)まった。着て居る物から察するに、中々裕福な家の主らしい。歳も四十頃である。もしかすれば、近郷の荘官とも見受けられた。
男は居間に上がらず腰掛け、四人の方へ上体を向けながら話し始めた。
「儂(わし)は直江の船乗りを纏(まと)める者にて、人は山岡太夫と呼んで居る。事情は聞き申した。女子供だけでは、あの親不知子不知の嶮所(けんしょ)は越せますまい。我が船に乗られるが宜しかろう。直(じき)に船が出てしまう故、急ぎ出立の仕度をなされよ。」
「はい。忝(かたじけの)うござりまする。」
母御前は鄭重に返礼すると、直ぐに姥竹や子等に、荷物を纏(まと)める様に促(うなが)した。
この時、焦(あせ)った万珠は、間違えて母の荷を背負ってしまった。それに気付いた万珠は、再び結び目を解いて荷を下ろそうとしたが、母御前に止められた。
「遅れてしまっては、浜の方々の親切心を無下にしてしまいまする。先ずは急ぎましょう。」
こうして、母御前と万珠は荷を交換したまま、市女笠(いちめがさ)と杖を持ち、山岡太夫の前に立った。医王丸と姥竹も、既(すで)に仕度を終えて居る。
「では参ろうか。」
山岡太夫は腰を上げ、荒屋(あばらや)を出て行く。老婆と甥(おい)も見送りに出てくれると言うので、総勢七人で、直江の海へと向かった。
既(すで)に卯(う)の刻と成り、陽が東の空に顔を出し、辺りは大分明るく成って居た。浜では漁師達が、網の準備をして居る。御前は、こう成ればもう人買いも活動出来まいと思い、安堵の念を覚えて居た。
浜辺では、二艘の小舟と四人の水夫(かこ)が待機し、船出の時を待って居た。そこへ山岡太夫等が姿を現し、舟の側に歩み寄った。山岡は水夫(かこ)達に、旅人四名を越前まで御届けする様に告げ、水夫(かこ)達は大人しく頷(うなず)いて居る。
小舟故に、二艘に二人ずつ乗って欲しいと言われたので、御前は医王丸と、姥竹は万珠と共に乗ろうと別れた所、山岡太夫が声を掛ける。
「御待ち有れ。北方の海は波が高い。左側の舟は揺れも少なく、又水夫(かこ)の腕も熟達してござれば、和子(わこ)達を左の舟に乗せた方が宜しいかと存ずる。」
「然様(さよう)ですか。それでは。」
四人は山岡太夫の勧めに従い、右の舟には母御前と姥竹が、そして左の舟へは万珠と医王丸が乗り込んだ。
水夫(かこ)は艫(とも)を押し、二艘はゆっくりと浜を離れて行く。船底が砂を離れて海水に浮くと、水夫(かこ)は舟へ飛び乗り、櫂(かい)を手に取り漕(こ)ぎ始めた。
見る見る、浜が遠ざかって行く。浜辺に残った老婆と甥(おい)、そして山岡太夫は、手を振って船旅の無事を口にして居る。四人も手を振り返し、彼等の厚情に応えた。
*
海原へ出ると風が幾分強かったが、波は落ち着いて居た。天候は晴朗で、視界も良好である。西には能登半島、北には佐渡ヶ島が見える他、空には鴎(かもめ)が飛来し、医王丸は久々に海上の景色を楽しんで居た。辺りに漁船、輸送船の姿は無く、波の音と、鳥の鳴き声だけが耳に入って来る。
直江の浜を出て四半時は経った頃であろうか。縦列となって進んで居た二艘の舟は、気が付けば横に在る。そして、母御前と姥竹を乗せた舟は、次第に東へ離れ始めた。
様子がおかしい事に気付いた姥竹は、慌てて船頭に告げる。
「船頭殿、彼方(あちら)の舟と、大分針路が逸(そ)れてござりまする。」
しかし船頭は、尚も無言のまま船を漕(こ)がせ、やがて大きく面舵(おもかじ)を取った。今までは能登半島を回り込むべく北西へ進んで居たのが、御前等を乗せた船は次第に、針路を北東へ変えたのである。
姥竹は、顔を青ざめつつ尋ねる。
「よもや、近頃越後に出没する人買いとは、御前様達の事では有るまいか?」
船頭は高らかに笑い、答える。
「少々気付くのが遅かった様じゃのう。先程浜に御越しになられた山岡太夫様こそ、西国では山住鬼夜叉と呼ばれ恐れられる、海賊の頭目じゃ。まあ安心せよ。其方(そなた)等は佐渡に売られるが、子供は北陸の何処(いずこ)かへ売られに行く。もしかすれば、越前やも知れぬぞ。」
御前と姥竹はそれを聞き、愕然(がくぜん)としてしまった。
西方彼方(かなた)を見れば、既(すで)に小粒程の大きさにしか見えぬ船より、万珠と医王丸が頻(しき)りに母の名を叫んで居る。その様を見て後、姥竹は御前に向かい、手を突いた。
「私が付いて居りながら、斯(か)かる仕儀と相成り、誠に以(もっ)て御詫びの申し様もござりませぬ。十三年も昔、私が夫と子を亡くし、力を落して居た時、信夫より御越しになられたばかりの万珠姫様の世話役を仰せ付かった事で、再び生きる希望を戴いた物です。その姫様と、磐城平家に取って大事なる医王丸様を、あの様な目に遭(あ)わせてしまいし事、私の生涯の悔恨にござりまする。御方様、何卒(なにとぞ)御諦(あきら)めになりませぬ様。私が一命を賭して、御助け致しまする。」
「姥竹。」
姥竹は御前に深く頭を下げた後、徐(おもむ)ろに立ち上がると突然、舟より海中へ飛び込んだ。大きなしぶきが上った後、姥竹の姿が海面上に現れた。姥竹は子供達を乗せた舟へ向かい泳いで行ったが、やがて高波に呑まれたかと思うと、再び水面(みなも)に姿を見せる事は無かった。
その様子を、万珠と医王丸も見て居た。
「姥竹、姥竹!」
長年自身の世話役を務めて貰(もら)った万珠は,気が狂った様に叫び続けた。そして医王丸は、懐の小刀を抜き放ち、船頭に向けた。しかし、船頭は不敵な笑みを浮かべ、医王丸を見据えて居る。
「その刀で儂(わし)等を斬るか。しかし儂等が居らねば忽(たちま)ち、この舟は荒海の藻屑(もくず)とされてしまうぞ。」
「ぐっ。」
医王丸がたじろいだ隙を突いて、水夫(かこ)が背後より医王丸を組み伏せた。船頭は医王丸から刀を取り上げると、水夫(かこ)に命じた。
「面倒な童(わっぱ)じゃ。少々痛い目に遭(あ)わせ、大人しくさせろ。」
「へい。」
水夫(かこ)は頷(うなず)くと、医王丸の顔を殴り始めた。上から伸し掛かられて居る上に、子供の力では如何(いかん)ともし難い。医王丸は、されるがままに殴られて居た。
万珠は止めに入ったが、水夫(かこ)に突き飛ばされ、舟の艫(とも)に倒れた。その時、幽(かす)かに母の声が聞こえた。
「万珠、医王丸を頼みます。」
母を乗せた舟は、既(すで)に何町も隔(へだ)てた遠きに在った。寄せては返す波の音が絶え間なく続き、間も無く母の声は聞き取れなく成った。
母の舟は佐渡ヶ島を背景にして次第に小さく成り、やがて見えなく成った。万珠はその後も頓(ひたすら)に、佐渡ヶ島を見詰め続けた。そこに母が居るという希望を、胸に刻む為である。
一方、傍らでは医王丸が、しこたま水夫(かこ)に打ち据えられ、ぐったりと転がって居た。姥竹の入水(じゅすい)、母との別離、それに加えて磐城武士団の棟梁が、名も無き水夫(かこ)に打ちのめされた無念が相俟(ま)って、医王丸は涙が溢(あふ)れるのを禁じ得なかった。
万珠は最後に聞いた母の言葉を思い起し、何が有ろうとも、この弟は必ず護り通して見せると、心に強く誓って居た。
その後、万珠と医王丸を乗せた船は能登半島を回り込み、やがて加賀国のと有る浜に漕(こ)ぎ着けた。船頭は水夫(かこ)に二人の監視を命じ、一人浜へと下りる。
「佐渡二郎の方も上手(うま)く行(や)って居るであろう。儂(わし)も気張らねば、山岡の頭(かしら)に合わせる顔が無いぞ。」
そう言い残し、船頭は浜を上って行った。
間も無く、船頭は何人かの男を引き連れ、再び浜へと戻って来た。
「おい。」
船頭の声を受けて、水夫(かこ)は万珠と医王丸を舟から下ろす。男達は姉弟の周りを取り巻き、じろじろと眺める。二人は気味が悪かったが、如何(どう)する事も出来ない。只見世物(みせもの)と成り、立ち竦(すく)む他は無かった。
やがて、男達は船頭と買い値の交渉を始めた。しかし、婢(ひ)は間に合って居り、奴(ぬ)は未だ幼いと、安く買い叩こうとするのに対し、船頭はその三倍の値は最低でも譲れないと言い張った。
結局、商談は纏(まと)まるに至らず、男達は村へと帰って行った。水夫(かこ)が心配顔で船頭に言う。
「宮崎様、もう少し譲っても宜しかったのでは?」
宮崎という船頭は身軽に船に飛び乗ると、子供達を引き上げながら答える。
「ここは試しに寄っただけの事。西には金持ちの長者達が、わんさと奴婢(ぬひ)を欲して居るわ。そこに行けば、先の言い値でも楽に売れるじゃろう。」
この宮崎の言葉に、医王丸は一縷(いちる)の希望を抱いた。越前に着いてしまえば、後は隙(すき)を見て脱出し、足羽高保(あすわたかやす)の元へ辿(たど)り着けるかも知れない。以後、医王丸は神妙な態度を執る様に成った。
宮崎の舟は、やがて越前に入った。しかしここで宮崎は、同じ人買い仲間より、意外な話を聞かされた。足羽という者が国府に提言し、兵を動員して人買い、海賊の類(たぐい)の駆逐を始めたのだという。湊(みなと)の民より賊発見の報が入れば、直ちに兵が駆け付けると聞き、宮崎は驚いた。
「何故(なにゆえ)足羽と申す者は、そうまで積極的に成って居るのか?」
「伝聞に依れば、越前から出羽方面の交易船の往来が、ここ暫(しばら)く滞って居るそうな。その原因が海賊の跳梁(ちょうりょう)と聞いた足羽は、交易を再び盛んにする為、海岸部の警備を強化させたと聞く。」
「馬鹿な。交易船は我等の動きとは係り無く、数が減って居るわ。」
「しかし、越前で人買いと知れたら、命が危ない。さっさと若狭(わかさ)へ抜けてしまう事じゃ。」
「むう。」
人買い仲間は越前の国状を伝えた後、舟を出して沖へと去って行った。宮崎も、上客の多い越前を見す見す通過せざるを得ない事に歯噛(が)みしながら、已(や)むなく浜を離れる事にした。
医王丸は脇でこの話を聞き、薄々情況が呑み込めた。信夫椿舘(つばきのたち)落城後、信夫平家は滅び、信夫から越前へ交易船を出す事は出来なく成った。しかし、越前の足羽はこの事を知らず、海賊に因(よ)る物と考え、その駆逐(くちく)に努めたのであろう。
宮崎が越前の上陸を諦(あきら)めた為、医王丸の思い描いて居た、足羽高保の元へ逃亡する計画は不可能と成った。大国越前を目の当りにしつつも商いが出来ぬ事に、宮崎も水夫(かこ)も、無念の色を顕(あらわ)にして居た。
夜に成ると、宮崎は舟を近くの入り江に寄せ、夕餉(ゆうげ)として餅(もち)一つずつと水筒を、姉弟に渡した。途方に暮れた姉弟は、静かにそれを食べ、やがて苫(とま)の下に入って休んだ。
医王丸は、今己が何処(いずこ)に居るのか、皆目見当が付かない。夜陰に紛(まぎ)れて海へ飛び込み、近くの岸より這(は)い上がれば、あるいは人買いの元より逃げ果(おお)せるのではあるまいかとも考えたが、やはりそれも無理であった。その為には、泳ぎに不慣れな姉を見捨てて行くしか無い。姉万珠は母と引き離された悲しみから、噎(むせ)び泣いて居る。しかしその声は、苛(いら)立って居る人買い達の気に障(さわ)らぬ様、又弟にも悲しみを伝えぬ様、必死に押し殺して居る風(ふう)であった。
ふと、医王丸の目にも涙が溢(あふ)れて来た.母が佐渡の国に売られた事は、宮崎の言葉より察する事が出来た。しかし、この先医王丸が姉と共に佐渡へ渡る為には、如何(いか)なる方法が有るのか。更(さら)には、あれが母との今生の別れであったのではとも思われて来る。医王丸も袖(そで)を噛(か)み、込み上げてくる悲しみを堪(こら)えた。
月は高く上り、越前の海辺を照らして居る。しかしその光は、苫(とま)の下の万珠と医王丸には届かなかった。
*
その後、宮崎は若狭国に入り、再び姉弟を売りに出した。しかし裕福な豪族が居らぬ所為(せい)か、宮崎の期待する値で応じてくれる者は居ない。
若狭に来ても売れない事から、水夫(かこ)の苛(いら)立ちは遂(つい)に、姉弟へと向けられるに至った。
「餓鬼(がき)共が、愛想(あいそ)好うせぬ為に、買手が付かぬではないか。」
水夫(かこ)は容赦無く、姉弟を叩いた。二人の顔に、次第に痣(あざ)が目立ち始める。
その様子を、宮崎は舟の縁(ふち)に腰掛けながら、黙って眺めて居た。そして、ふと何かを思い出した様な顔をして、水夫(かこ)を止めた。
「もう良い。もう良い。」
宮崎の声で、水夫(かこ)は子供等を打つのを止めた。足元でぐったりとして居る姉弟を余所(よそ)目に、宮崎は水夫(かこ)に話し始める。
「以前、越前三国で聞いた話じゃが、かつて三国にて財を成した豪族が、今では丹後国加佐郡に移り住み、内大臣公季(きんすえ)公の荘園を管理し、奴婢(ぬひ)を大勢抱えて居るとか。今年の三月、道長公が左大臣を辞され、右大臣顕光(あきみつ)公が後任に補されたと聞く。となれば、公季公は右大臣に昇られるであろう。荘官も御領主の出世に伴い、奴婢(ぬひ)を更(さら)に必要とされる筈(はず)。」
「ははあ、成程(なるほど)。」
二人は互いにニヤリと笑みを浮かべると、せっせと舟を西へ向け始めた。
若狭を過ぎると、その先は丹後国加佐郡である。成生岬を回り、博奕岬を過ぎた処で、陸に沿って船首を南へ向ける。そのまま湾には入らず、金ヶ岬を西へ進めば、直ぐに由良川河口が見えて来る。下流の東岸が神崎庄(かんざきのしょう)、西岸が由良庄(ゆらのしょう)、そして川を少し上がった処に大川庄(おおかわのしょう)が在る。当地の荘官は、越前三国より移り住んで来た為に、三国太夫と呼ぶ者も有るが、三庄を支配する故に、三庄太夫の方が通りが良い様である。荘園の寄進先は閑院藤原家で、この度右大臣に昇進し、倭(やまと)で第三位の実力者であった。
三庄太夫は閑院家の三庄を実質統治し、莫大(ばくだい)な産物を領主へ献上して居る為に、閑院家の覚えはめでたかった。三庄では農耕、狩猟(しゅりょう)、漁(すなどり)、蚕飼(こがい)に機織(はたおり)、製鉄、窯(よう)、木工等、様々な産業が行われて居たが、従事する者の殆(ほとん)どは奴婢(ぬひ)であった。故に三庄太夫は、富の大方を己の物とする事が出来、閑院家に膨大な献上品を送った後も、手元には未だ未だ巨万の財が残る程であった。
この体制を維持するには、次々と奴婢を売りに来る、人買いの存在が不可欠である。宮崎が舟を由良浜に着けると、直ぐに三庄太夫配下の者が駆け付けて来た。そして簡単な挨拶を済ませると、直ちに奴婢の売買の話に入った。
由良方が提示して来た金額は、宮崎の期待を下回る物であった。しかし、他と比べれば、未だ話し合う余地が有る。由良方は二人が子供である為、然程(さほど)の労働力には成らぬと踏んで居たが、宮崎はそこを巧(たく)みに反論した。奥州からの長い旅路を経て来た為、体は確(しっか)りと絞まって居ると説明し、医王丸の上衣(うわぎ)を脱がせて見せた。少々栄養失調の為に細くは見えるが、十二の少年にしては、筋肉が付いて居る方である。
先方は迷った挙句(あげく)、宮崎に提案した。
「当方としては、この場での即決は出来兼ねる。石浦の御館に使者を遣(つか)わす故、暫(しば)し近くの寺にて休まれよ。」
宮崎は頷(うなず)くと、水夫(かこ)を舟に残し、二人の子供の手を曳(ひ)いて、浜の直ぐ南に在る寺へと案内された。
その寺は如意寺と称す。僧は、来訪者が三庄太夫配下の者であると聞くと、一室を休憩所に貸してくれた。寺院の僧侶も、三庄太夫の威勢には抗(あらが)えぬ様に見受けられる。
暫(しば)し待つ間、宮崎は酒を振舞われ、気分好く飲み干(ほ)して居た。そしてつと、万珠は立ち上がって、恐る恐る宮崎に声を掛ける。
「あの、折角(せっかく)寺院を訪れた事ですし、本尊様に参拝致したいのですが。」
「ふん。好きにせい。」
宮崎は久々の酒に心地好く成って居るのか、あっさりと許可した。
「姉上、私も。」
医王丸も立ち上がろうとしたが、万珠は首を横に振って制した。
「貴方はここに居なさい。私が姥竹の無事を祈願して参りまする。」
そう言い残し、万珠は僧の案内を得て、本堂へと向かった。残された医王丸は剥(むく)れ、宮崎は万珠の行動に得心した様子で、酒を呷(あお)り続けて居た。
万珠が本堂に通されると、そこには一人の老僧が居た。案内の者より当山の住持と聞き、万珠は畏(かしこ)まって座礼を執った。住持は優しい笑みを湛(たた)えて返す。
「これは、随分と若い様じゃが、石浦の御使者ではあるまいのう?」
「はい。私は陸奥より故有って落ち延びて参りました、万珠と申しまする。この先、怖らく当地に売られる者と存じまする。」
住持は、顔を顰(しか)めて唸(うな)る。
「ううむ。其(そ)は不便(ふびん)な事よ。して、御仏に縋(すが)りに参られたか。」
「仰せの通り、御仏に念じたき事は幾つもござりまする。されど、この場にて和尚に出逢えたは大いなる幸い。実は、和尚に折り入って、御願いの儀がござりまする。」
「ほう。儂(わし)に出来る事なら、何なりと叶(かな)えて差し上げたいが。」
その言葉に、万珠は安堵の表情を浮かべた。
そして手に持つ包みの中より、襤褸(ぼろ)で巻いた物を取りだした。それを解くと、中には一体の金色(こんじき)に輝く地蔵菩薩が包まれて在る。
「おお、此(こ)は見事な放光王地蔵菩薩。」
「当家伝来の宝にござりまする。弟が何(いず)れ身を立てる時、出自を示す唯一の証(あかし)にござりまする。しかし、今後私達が奴婢(ぬひ)にされた時、これを所持して居るのが判れば、取り上げられてしまいましょう。時が来るまで、何卒(なにとぞ)当山にて御預かり下さりまする様。」
万珠の真剣な願いに、和尚は快く承諾した。
「宜しい。当山にて御預かり致しましょう。代りに、貴女に厄(やく)が降り懸からぬ様、護符を進ぜましょう。」
和尚は万珠の持つ地蔵菩薩を拝んだ後、恭(うやうや)しくそれを受け取って、本堂の奥へと安置した。そして護符を万珠に授け、今後の無事を祈りつつ、宮崎の元へと送り帰した。
万珠が宮崎等の待つ間へ戻ってから凡(およ)そ半時、石浦館の者が如意寺に到着した。由良の者達が鄭重に出迎えて居る所を見ると、この辺りの実力者なのであろう。その男は寺境に入り、宮崎の元へと案内されて来た。
宮崎もその男の顔を見た途端、腰を低くして応対する。
「これは由良の次郎様。御久しゅうござりまする。私奴(め)は山岡太夫が配下にて、越中宮崎の三郎にござりまする。」
「おお、懐かしい顔じゃのう。山岡殿は息災か?」
「はっ。御蔭様にて。」
「して、売りに参った奴婢(ぬひ)とは?」
「はい。今召し連れまする。」
そう言って宮崎は部屋に上がり、隅(すみ)でひっそりと座って居る、万珠と医王丸の前に立った。
「さっさと来い。三庄太夫様の御嫡子、次郎様が御見えじゃ。無礼が有っては成らぬ。」
宮崎は動揺する姉弟の襟(えり)を掴(つか)み、無理遣(や)り次郎の前へ引っ立てた。
由良次郎の視線が、二人に向けられる。姉弟は俯(うつむ)いたまま、じっと押し黙った。
暫(しば)し観察した後、次郎は溜息を吐(つ)く。
「使い物に成るか測(はか)り兼ねるが、ともあれ、当家は目下人手が足りぬ。買うか否(いな)かは、父上の判断を仰ぐと致そう。折良く、先刻都より戻られたばかりじゃ。」
「ははっ。御願い致しまする。」
宮崎は一礼した後、万珠と医王丸の上衣を掴(つか)み、次郎の列へと続いた。由良次郎は、十余の手勢を率いて来て居た。聞けば、三庄太夫は三百の私兵を抱える程の豪族であるという。万珠と医王丸は、宮崎と共に由良次郎の兵に囲まれ、石浦館へ赴く事と成った。
由良浜より、由良川の西岸に沿って南下する事凡(およ)そ半里余。河畔の僅(わず)かな平地に、多くの家屋が立ち並ぶ邑(ゆう)が在った。その山裾(すそ)に建つ、一際(ひときわ)立派な屋敷が三庄太夫の居館であり、この辺りの集落を石浦という事から、石浦館と呼ばれて居た。
宮崎に万珠、医王丸を伴った次郎の一隊は、この石浦館へと入って行く。周辺の村では、多くの老若男女が様々な労働に従事し、人の往来は頻繁(ひんぱん)であったが、不思議と活気が全く感じられなかった。館の門を潜(くぐ)る時、万珠と医王丸は不吉な予感に襲われて居た。
館に入ると、次郎は馬を家来に預けて、庭の方へと案内した。そこで待つ事暫(しば)し、館内より二人の男が、庭へ下りて来た。それを認めた次郎は、大きな声で呼び掛ける。
「三郎、四郎。新たに奴婢(ぬひ)を売りに参ったぞ。見て行かぬか?」
一人が興味を示し、次郎の元へ駆け寄って来る。
「これは成合の四郎様。」
宮崎の挨拶に気も留めず、四郎は姉弟をじろじろと眺める。そして苦笑して言い放った。
「姉は未だ遊里にも売れぬし、弟は小童(こわっぱ)じゃ。儂(わし)なら買わぬかな。」
宮崎は苦笑いをしながら、後ろ頭をぼりぼりと掻(か)いて居る。
「三郎も来ぬか。」
次郎が屋敷の方を向いて呼び掛けた時、辺りの者は皆はっとして静まり返った。次郎と四郎を除(のぞ)き、他の者は膝(ひざ)を突いて居る。
医王丸は何事が起きたのか解らず、戸惑いながら辺りを見回すと、直ぐに、館内より老人がゆっくりと下りて来るのが目に入った。老人は三郎を従え縁側に出て、そこに腰を下ろす。
「ここへ連れて参れ。」
老人の言葉を受けて、宮崎と姉弟は、老人の前へ進み出る様促(うなが)された。
宮崎が二人の衣を掴(つか)んで前へ出ると、老人の恐ろしい眼が、姉弟を交互に睨(にら)んだ。万珠と医王丸は委縮し、只立ち竦(すく)むのみである。
老人は低い声で、宮崎に告げる。
「中々面白そうな奴婢(ぬひ)じゃ。其方(そち)の提示した値で良い。買おう。」
老人の言葉を受け、傍らの三郎が、銭の入った袋を渡す。宮崎は中身を確認した後、老人に礼を申し上げた。
「流石(さすが)は三庄太夫様。大した御器量を御持ちにおわされる。では、子供二人は太夫様に御引き渡し致しまする故、如何様(いかよう)にでも御使い下され。」
そう言い終えて一礼した後、宮崎はほくほく顔で銭袋を懐に入れ、石浦館を去って行った。
宮崎が去った後、三庄太夫の恐ろしい目は、再び姉弟へと向けられた。
「御主等、名は何という?」
太夫の問いに対し、姉弟は恐怖に戦(おのの)いた様子で、震えたまま声が出ない。太夫は舌打ちすると、郎党達に命じた。
「荷を検(あらた)めよ。」
郎党等は直ぐに二人から荷を奪い、辺りに広げ始めた。太夫も縁側より庭へ下り、共に二人の所持品に目を配った。
ふと、太夫の足が止まった。そして万珠の荷より、一枚の色褪(あ)せた布を拾い上げた。その布の端には、「安寿」と書かれて在る。
「ほう、姉の名は安寿と申すか。」
万珠は黙ったまま、俯(うつむ)いて居た。
太夫が不快な面持ちで布を放り捨てた時、郎党の一人が襤褸(ぼろ)布を持って叫んだ。
「太夫様。斯様(かよう)に立派な厨子(ずし)を、所持して居りまする。」
「ほう、中には高値で売れる仏像が在るやも知れぬ。開けて見よ。」
「はっ。」
父祖伝来の家宝が、斯様(かよう)な者達の手に奪われてしまう。その思いが、咄嗟(とっさ)に医王丸の体を動かした。医王丸は厨子を持つ郎党に体当たりをし、不意を食らって蹌踉(よろ)けた所を、透(す)かさず奪い返した。そして厨子を抱いたまま、地に蹲(うずくま)った。
「小童(こわっぱ)奴(め)。」
逆上した郎党が医王丸の脇を蹴り上げ、激痛に力が抜けた処を引き起す。医王丸は必死に厨子を抱えて居たが、所詮(しょせん)は子供の力である。郎党に容易に奪い取られてしまった。
郎党がその厨子を三庄太夫に渡すと、太夫は不気味な笑みを湛(たた)えた。
「やはり、何ぞ高価な物が納められて居る様じゃのう。」
太夫は期待を膨らませながら厨子を開けたが、中を見た途端、落胆の表情を呈した。
「何じゃ。護符を一枚入れて居るだけではないか。さてはあの宮崎と申す者、金目の物は既(すで)に剥(は)ぎ取って居ったか。」
医王丸は惚(ほう)けた様子で、太夫の方を見詰めて居た。一体、家宝の地蔵菩薩は何処(いずこ)へ消えてしまったのか。姉の方を見るも、万珠は俯(うつむ)いたままである。
太夫は溜息を吐(つ)き、厨子を放り投げた。
「もう良い。これ以上漁(あさ)った所で、時の無駄じゃ。」
漸(ようや)く、郎党達は二人の荷より手を放した。太夫は嘲笑する様に、医王丸に問う。
「流石(さすが)に、態度と厨子だけは王族並じゃな。されば御主の名は、厨子王であろう。姉が安寿、弟が厨子王か。」
それを聞いて、由良次郎が三庄太夫の前に歩み出た。
「父上、奴婢(ぬひ)如きに斯様(かよう)な名は、勿体(もったい)のうござりまする。」
太夫は二度頷(うなず)き、次郎に返す。
「確かにのう。この二人は由良に置く事とする。即(すなわ)ち其方(そなた)に預ける故、好きな様に名付けるが良い。」
「はっ。」
次郎は姉弟をじっと見た後、思い付く所を述べる。
「姉は如何(いか)なる事にも耐え忍ぶべく、篠(しの)。弟は今までの事を忘れて勤(いそ)しむべく、忘路(わすれじ)と致そう。」
太夫は満足気な顔で告げる。
「篠に忘路か、良い名じゃ。二人の事は次郎に任せる。払った金の何倍も稼ぐ様、確(しっか)りと働かせるのじゃぞ。」
「承知致しました。」
太夫が館の奥へ戻って行くのを見て、館の者は皆頭を下げた。
*
万珠と医王丸は、広げられた己の荷を、急いで纏(まと)めた。厨子を手に取った時医王丸は、家宝が何処(いずこ)へ行ってしまったのか。一瞬疑問が頭を過(よぎ)った。しかし、直ぐに次郎の怒声が飛んで来る。
「もたもたするな。さっさと片付けろ。」
医王丸は手を止める事が出来ず、黙々と荷を包んだ。
やがて荷が纏(まと)まると、次郎は傍らの郎党二人に命じた。
「篠には汐汲(しおくみ)、忘路には柴刈りをさせる事とする。痩(や)せた体躯(たいく)故、最初は日に三荷(が)程で良い。」
郎党は承知すると、直ぐに姉弟を館の外へと連れて行った。
石浦の集落を歩きながら、万珠と医王丸は一つの事に気付いた。何故(なにゆえ)この邑(ゆう)には人が沢山居るのに、全く活気という物が感じられぬのか。それは、この地で働く者の大半が奴婢(ぬひ)であり、働けども働けども、富は全て荘官である三庄太夫の元へ集められる。奴婢(ぬひ)達には財を蓄える事も、遊びで憂(う)さを晴らす事も許されないのであった。
道端に倒れ込む者の姿を度々見掛けたが、直ぐに館の郎党がそれを見咎(とが)め、棒で打ち据(す)える。それで立ち上がり、元の作業場へ戻れれば良し。そのままぐったりとしてしまうのであれば、何処(いずこ)かへと運び出されてしまうのである。
突然、邑(ゆう)の外れより、木板を叩くカンカンという者が響いて来た。郎党はニヤリと笑って呟(つぶや)く。
「丁度(ちょうど)良い。新参者に見せて置くか。」
郎党達は道を変え、鍛冶(かじ)の集落に二人を連れて行った。
間も無く、板を叩くけたたましい音は止み、やがて十人程の一隊が、一人の婢(ひ)を連れて遣(や)って来た。婢(ひ)は腕を後方に捻(ね)じられ、苦悶の表情で哀願を繰り返す。
「ほんの出来心でございます。もう二度と致しませぬ。御助け下され。御助け下され。」
しかし兵は無言のまま、鍛冶屋の中へと連行して行く。
万珠と医王丸も中へ連れて行かれた。そして、中では兵の命に因(よ)り、一本の鉄の棒が火に当てられて居た。それは次第に熱を帯び、赤く変色して行く。
それを見て居た婢(ひ)は突然、狂った様に暴れ始めた。
「二度と致しませぬ。御助けを!」
兵は四人で婢(ひ)を仰(あお)向けにし、手足を抑える。
「もう良いであろう。」
将の言葉で、真っ赤に成った鉄の棒は火の中より出され、ゆっくりと婢(ひ)の額に押し当てられた。同時に、婢(ひ)の絶叫が辺りに響き渡る。鉄の棒が離された時、婢(ひ)は気を失って居る様であった。
余りの残酷さに、万珠と医王丸は思わず目を背(そむ)けた。婢(ひ)の額には、鉄棒の形が火傷(やけど)と成って、浮き上がって居る。郎党は背後より姉弟に対して、婢(ひ)の姿を見せながら説明を始めた。
「この地から脱走者が出ると、直ぐ様先程の様な合図が成され、石浦兵三百が追走する。そして捕まった後はここに送られ、焼印を押されるという訳じゃ。あれを行(や)られた者は、二度と脱走を企(くわだ)てる気を失う。其方(そち)達も彼(あ)あ成りたくなければ、無駄な気を起さぬ事じゃ。額の火傷(やけど)の跡は、一生消えぬ。」
万珠と医王丸は、息を呑んで婢(ひ)が運び出される様を見て居た。そして事が済んだ後、郎党は姉弟を連れ、目的の地へと向かって行った。
やがて二人が連れて来られた所は、邑(ゆう)の中に建つ一棟の荒屋(あばらや)であった。ここに売られて来たばかりの者は、先ずこの棟に入れられ、脱走をせぬ様に厳しく監視されるというのである。
姉弟が中に入り、隅(すみ)に荷を下ろすと、石浦の郎党は直ぐに表へ出る様に指示した。その後、万珠と医王丸は各々の作業場へ案内される事と成り、道を別(わか)つ事と成った。しかし仕事が終れば、再び新参小屋で落ち合う事が出来るので、二人は些(いささ)か安心しながら、其々(それぞれ)の道を進んで行った。
石浦の邑(ゆう)の裏には、由良ヶ岳という山が聳(そび)えて居る。医王丸は山道を登り、その中腹に在る作業場へと案内された。医王丸は籠(かご)を背負い、中には鎌を入れて居る。先程、麓(ふもと)の物置で受け取った物である。
医王丸を案内する郎党は作業場で、一人の翁(おきな)の姿を認めた。
「おい。」
突然の郎党の声に、翁(おきな)は慌てて作業の手を止めて、向き直った。
「何でございましょう。」
「新入りだ。名を忘路(わすれじ)という。御主、仕事を教えて遣(や)れ。」
「はっ。」
翁(おきな)は医王丸を呼ぶと、近くの柴を刈らせて見せた。しかし、鎌という物を初めて手にする医王丸は、中々思う様に刈る事が出来ない。翁(おきな)は実際に手本を示し乍ら、叱(しか)る様に医王丸に教える。その様子を見て安心した郎党は、翁(おきな)に医王丸の指導を託し、山を下りて行った。
郎党の足音が遠ざかると、翁(おきな)は急に柔和(にゅうわ)な顔と成り、医王丸に優しく話し掛けて来た。
「忘路(わすれじ)といったな。歳は幾つじゃ?」
「十二に相成りまする。」
「うむ。何が有ったかは存ぜぬが、その歳で奴(ぬ)に落されるとは不便(ふびん)な事よ。」
翁(おきな)は再び鎌で柴を刈り始めながら、医王丸に尋ねる。
「其方(そなた)は日に何(ど)れ程、柴を刈れと言われた?」
「今日は翁(おきな)の手伝いを。そして明日からは、三荷(が)と言われました。」
「では、今日は一荷(か)程刈り、鎌の使い方を覚えて行くが良い。慣れれば、随分と楽に成る。そして明日からじゃが、午(うま)の刻までは二荷を刈れ。それより早ければ、身体は忽(たちま)ちに疲れ、長くは持たぬ。健康を損ない、動けなく成れば、館の者に山へ捨てられ、獣(けもの)の餌(えさ)にされてしまう。又、それより遅ければ、天候に因(よ)っては割当てを達成できぬ怖れが出て参る。もしも三荷(が)に達せず石浦に戻れば、その夜は酷(ひど)い罰を受けるであろう。努々(ゆめゆめ)忘れる事の無き様。命が惜しくばな。」
翁(おきな)の言葉に、医王丸は思わず唾(つば)を飲んだ。今日より正に、生き死にの生活に入る事を告げられたからである。
しかし、医王丸に取って唯一幸いであった事は、翁(おきな)が親切に色々と教えてくれた事である。籠(かご)に柴が一杯に成った頃、医王丸は鎌を扱う骨(こつ)を掴(つか)み、自力で翁(おきな)の半分近い仕事が出来る様に成って居た。
「それならば、明日からの仕事も大丈夫であろう。」
翁(おきな)に誉められた事が嬉しく、医王丸は母と別れて以来、初めて笑みを零(こぼ)した。
一方の万珠は、由良浜へと戻って来て居た。先刻、宮崎三郎に連れられ、初めて丹後の地を踏んだ処である。
先程は周囲を見る余裕が無く気付かなかったが、浜には幾人もの汐汲(しおくみ)女の姿が在る。万珠を案内した郎党は、その中で万珠より幾つか年上の、若い婢(ひ)に声を掛けた。
「小萩(こはぎ)。」
婢(ひ)は杓(ひしゃく)を持つ右手を止め、左手に桶(おけ)を持ったまま、海辺より駆け寄って来た。
「何でございましょう?」
「此(こ)は新たに入った者で、篠(しの)と申す。汐汲(しおくみ)を知らぬと言うので、其方(そち)に預ける事にした。確(しか)と教えて遣(や)れ。」
「承知致しました。では篠さん、あの小屋へ行って、杓(ひしゃく)と桶(おけ)を持って来なさい。」
「はい。」
万珠は頷(うなず)くと、浜小屋の方へ駆けて行く。それを見届けながら、郎党は小萩に言い渡した。
「では、儂(わし)は他の用が有る故、石浦へ戻る。新入りを頼んだぞ。」
「御任せ下さりませ。」
小萩が素直に承知したので、郎党は安心した様子で、館へ戻って行った。
万珠が杓(ひしゃく)と桶(おけ)を持って来ると、小萩は海に足を浸(ひた)し、仕事を始めた。汐汲(しおくみ)の作業は、海水を桶に汲み、満潮時にも波の届かぬ高所の浜に撒(ま)いて、天日(てんぴ)に因(よ)り水分を蒸発させて塩のみを得る、所謂(いわゆる)揚浜(あげはま)である。
これはかつて万珠の祖父政氏が、磐城七浜において盛んにした製塩の法である。しかし住吉御所を出る事が稀(まれ)であった姫は、当然の事ながら、浜へ出た事は無かった。
小萩の行(や)り方を一通り見た万珠は、自らも海に入って汐(しお)を汲(く)み、浜へと運ぶ。海水を満杯にした桶は重く、万珠は杓(ひしゃく)を脇に挟み、両手で桶(おけ)を掴(つか)んだ。しかしふとした拍子(ひょうし)に、杓(ひしゃく)を海に落してしまった。それは忽(たちま)ちの内に、波に運ばれて行く。万珠は如何(どう)して良いか分からず、動けずに立ち尽すのみであったが、幸い小萩がさっと拾ってくれた。
「それでは駄目です。桶(おけ)の中に海草や流木の欠片(かけら)が沢山入って居ます。それを撒(ま)いては、塩田に余計な物を混ぜてしまいます。後、桶(おけ)にはその様に沢山汲(く)む物ではありません。貴女の体では、直ぐに腰を痛めてしまいますよ。」
「はい。」
万珠は汲(く)んだ水を海へと戻し、今度は慎重に、海水だけを掬(すく)おうと努めた。
黙々と作業をして居た所、ふと、隣で汐(しお)を汲(く)む小萩が話し掛けて来た。
「貴女は篠さんといいましたね。私は伊勢国渡会(わたらい)郡二見ヶ浦より売られて来た、小萩と申します。」
小萩の気さくな性格に因(よ)り、万珠も直ぐに答える事が出来た。
「私は、奥州磐城より参りました。」
「まあ、その様に遠くの地から。余程の事が有ったのでしょうね。私で良ければ、出来得る限りの助けとなりましょう。姉だと思い、遠慮無く言って下さい。」
「その様に親切な言葉を掛けて下さり、真に嬉しゅう存じまする。今後共、宜しく御指導下さりませ。」
小萩は笑顔で頷(うなず)いた。
万珠は越後沖で母と別れて以来、初めて心が和(なご)むのを覚えた。母が最後に己に残した言葉は、弟医王丸を頼むという意である。万珠は母の言葉を胸に刻み、姉として生き別れた母の分まで、弟の面倒を見なくては成らぬという思いに捕(とら)われて居た。弟の目から見て、何時(いつ)も最後の拠(よりどころ)で在らねば成らぬと、気張り続けて来た。そこへ、今小萩という頼もしき女性に出会い、今まで張り詰めて居た心が、一気に融解して行くのを感じる事が出来た。
万珠がその日の作業を終えた頃、丁度(ちょうど)陽が西へ傾きつつ在った。杓(ひしゃく)と桶(おけ)を物置小屋へと戻し、万珠は小萩と共に石浦へと戻った。
三庄太夫の支配地では、買われたばかりの奴婢(ぬひ)は新参小屋と呼ばれる荒屋(あばらや)に、一括して入れられる。そして、十日程経って当地の暮しに慣れて来ると、その後は奴(ぬ)の組、婢(ひ)の組に入り、別の宿所へ移される事と成る。
小萩は、婢(ひ)の汐汲(しおくみ)組の宿所へ戻って行った。万珠も、十日の後には新参小屋を出て、小萩の居る汐汲組に移る事と成る。小萩と共に過ごせる事は嬉しくも思えるが、唯(ただ)弟と離れ離れに成るのは嫌だった。万珠はふと暗澹(あんたん)たる思いに駆られながら、新参小屋へと入って行った。
小屋には既(すで)に、何人かが戻って居たが、誰も話をする者は無く、皆押し黙って居る。夕暮時、徒(ただ)でさえ暗い小屋の中が、一層暗く感じられた。新参小屋の周囲には、夜陰(やいん)に紛(まぎ)れて脱走する者が出ぬ様、入口の脇には篝火(かがりび)が焚(た)かれて夜も明るく、監視の兵が巡回して居る。新参の奴婢(ぬひ)達は、自身に脱走、又はその幇助(ほうじょ)の嫌疑を掛けられぬ様、互いに親しく成るのを避け、大人しくして居る必要が有ったのである。
その中で、万珠は小屋の中に医王丸の姿を認めると、隣に腰を下ろして話し掛けた。
「今日の作業は如何(どう)でしたか?柴刈りは上手(うま)く出来ましたか?」
「はい。優しい翁(おきな)が親切に、鎌の使い方を教えてくれました。」
「まあ、それは幸いでした。私の方も小萩さんという方が色々と教えて下さり、御蔭で今日の仕事を熟(こな)す事が出来ました。」
「何と、斯様(かよう)な処にも、親切な方は多い物なのでござりまするね。」
「ええ、これなら何とか遣(や)って行ける望みが出て参りました。」
姉弟は互いに無事、初日を乗り切った事を喜び合った。
その時突然、石浦の兵が戸を空け、大声で叫んだ。
「人数を確認する。全員表へ出ろ!」
新参奴婢(ぬひ)は言われるままに表へ出て、一列に並ぶ。如何(どう)やら、一人も欠けて居なかった様である。兵は落ち着いた様子で、夕餉(ゆうげ)を取りに行く様命ずる。奴婢(ぬひ)達は安堵の溜息を漏らすと共に、各自に支給された樏(わりご)と椀(わん)を持ち、奴婢(ぬひ)の厨(くりや)へと向かうのであった。
新参奴婢(ぬひ)が呼ばれるのは最後であり、長蛇の列の後方に並ぶ。乾飯(かれいひ)と湯が配られるのであるが、万珠と医王丸が貰(もら)う頃には、鍋の中は殆(ほとん)ど空(から)に成って居る。給仕(きゅうじ)の者は飯匙(いいがい)で鍋の底より飯を掻(か)き集め、二人に樏(わりご)に盛る。必然的に新参の者は、古参の者よりも貰(もら)える分量が少ない。しかし文句を言える筈(はず)も無く、姉弟は新参小屋へと戻って行った。
夕餉(ゆうげ)を取り、熱い湯を飲んで体を温めると、次第にその日の疲れに襲われ始める。そして薦(こも)を掛けて眠り、明日からの本格的な労働に備えた。
翌日、朝餉(あさげ)を済ませた姉弟は、各々の作業場である由良浜と由良ヶ岳へと向かって行った。今日より労働に最低基準量が課せられ、それを行(や)り遂げられない時には、棒で打ち据(す)えられる等、厳しい罰が下される。姉弟は心を張り詰めながら、石浦の集落を後にした。