第十節 星見の井戸

 佐藤純利が信夫(しのぶ)へ向けて出発した後、他の家臣達も次々と、任地へと赴いて行った。強い発言力を持つ五将が一斉に滝尻を去った後、館内は暫(しばら)くの間、忌中(きちゅう)の如く静まり返っていた。館内に仕える者の殆(ほとん)どが、政房の家臣となって日が浅い故に、進言を憚(はばか)って居たのである。加えて、近藤宗弘と斎藤邦衡(くにひら)が、若年にして経験が足らず、父親の如く積極的に、君主を補佐する力が無かった事由も有った。

 霜月(11月)に入ると、池には氷が張り、大地を霜が蓋(おお)った。斯(か)かる寒い日の朝、宗久と邦衡は、この一月(ひとつき)近く何もしして来なかった事に対して、流石(さすが)に危機感を覚えて居た。そして政房の元へ、相談に訪れた物の、政房は居間には居らず、辺りの者に尋ねた所、丸部(わにべ)郷の武士、大村信興と橘清綱の二人を伴い、住吉大明神の方へ向かったと言う。宗久と邦衡は驚き、急ぎ馬を用意して、御巡検道を北上した。

 二人は住吉明神に到着した物の、政房等の影所か、立ち寄った形跡すら無かった。宮司や社(やしろ)周辺の氏子達に尋ねても、斯様(かよう)な一行は見なかったと言う。何処(どこ)へ行ってしまったのか見当も付かず、二人は徒(ただ)、周辺の村々を彷徨(ほうこう)して居た。何処(いぞこ)の村も農閑期の所為(せい)か、ひっそりとして居る様に窺(うかが)えたが、一方で玉川の辺では、何人かがせっせと、夏に起きた水害で荒れた土地の、整備をして居た。標(しるべ)を見れば、野田村と在る。先の巡察の折には、死んだ様な村であったのに、今では十余名の若者だけではあるが、村の復興に尽力して居る。

 日中は流石(さすが)に、外気温は氷点下を脱するが、土は凍(い)て付き、鍬(くわ)を渾身(こんしん)の力で叩(たた)き付けても、容易に破砕される物では無かった。吐息は白く見えるというのに、男達は皆汗だくと成り、全身から蒸気が立ち上って居る。

 宗久は中々感心な村人であると感じ、作業場へ立ち寄り、馬を下りて作業の様子を眺めた。次の瞬間、宗久は仰天した。村人と同じく、泥に塗(まみ)れて作業をして居た男が、紛(まぎ)れも無い、主君政房であったからである。そしてその脇では、大村信興と橘清綱も、真っ黒に成って作業に加わって居る。宗久は慌てて邦衡に告げ、揃(そろ)って政房の元へ駆け寄った。

 二人が大声で己を呼び、やって来るのを認めた政房は、右手に持って居た鍬(くわ)を下ろし、左手を上げて応えた。宗久は息を切らせて尋ねる。
「殿、ここで何を成されておわしまするのか?」
政房は布で、顔から滲(にじ)み出る汗を拭(ぬぐ)う。
「うむ、先の巡察の折、この地が最も悲惨な状況であった為、助太刀に参った。」
「斯(か)かる作業は、殿御自らが行う事ではござりませぬ。某(それがし)等に申し付ければ、周辺の村より人足を募(つの)って行いまする。」
宗久は意外な行動を取る主君に対し、顔を顰(しか)めて諫言(かんげん)した。しかし政房は、それを全く意に介さぬ様子で、再び鍬を振い続ける。宗久が、奇抜な行いを続ける君主に苛(いら)立ちを感じ始めた時、政房は作業を続けながら語り始めた。
「当家の祖良将公は、下総三郡の所領を得た後、自ら鍬を手に土地を切り拓(ひら)き、農民に与えたそうな。そして人心を集め、後には坂東随一の軍団を作り上げた。私はそれに肖(あやか)りたい。」
政房の話が途切れた所で、大村信興が駆け付け、報告する。
「申し上げまする。凍土を粉砕する作業の為、農具が次々と壊れて行きまする。このまま作業を続けるよりは、暖かき日を待って行う方が、損害は少なき物と存じまする。」
「確かに農具の破損は、今後の生産にも響く。しかし徒(ただ)春を待って居ては、晩稲(おくて)にせよ、田植えの適期までに農地の整備は終らぬ。そろそろ陽が高く成って来た故、日当たりの良い処の土は溶け始めて居る。先ずはそこを優先して整地致す様、皆に告げよ。」
「はっ。承知致し申した。」
信興は承知すると走り去り、他の農民達に今の言葉を伝えて回った。農民達は納得し、再び場所を変えて作業を始めたので、政房はほっと胸を撫(な)で下ろした。

 政房の傍らでは、宗久と邦衡が羽織を脱ぎ、作業を手伝う身仕度を始めて居る。流石に、主君が泥に塗(まみ)れながら鍬(くわ)を振って居るのを、横で傍観して居る事は出来なかった。しかし、政房はそれを制して両名に告げる。
「見ての通り、村人は皆、木製の農具を使って居る。故に冬に用いれば、凍土の為に壊れてしまう。斯(か)かる問題を打破するに当たり、其方(そなた)等に解決策は有るか?」
急に質(ただ)され、両名は俄(にわか)に困惑した。やがて、年長の宗久が意見を示す。
「畏(おそ)れながら申し上げまする。斯(か)かる惨状を引き起す大本は、玉川の流れに在ると心得まする。堤を強化するなり、川の流れを変えるなり、確(かく)たる治水作業を施さねば、この地は永久に、水害の続く荒野と化してしまいましょう。」
政房は、宗久が意見を述べてくれた事を、嬉しく感じつつも、それを諾(だく)とはしなかった。
「確かに其方(そなた)の申す通り、大規模な治水普請(ぶしん)無くしては、野田村は永久に、水害の災難から逃れる事は出来ぬ。しかしそれが完成するまでは、莫大な費用と歳月を要する。その間は、如何(いか)にすべきであろうか?」
その問いには、未だ年少の邦衡が、主君の眼前で緊張しながら答える。
「某(それがし)にも愚策がござりまする。」
邦衡に取っては初めての献策であり、顔が強張(こわば)って居る。政房は邦衡の緊張を和らげるべく、笑みを湛(たた)える。
「遠慮無(の)う申せ。」
「はっ。現今、当地の農民は、木製の農具を用いてござりまする。これに代り、被災民には鉄器の農具を支給致さば、冬季だけでは無く、年間を通して農民の助けと相成りましょう。又叶(かな)う事なら、郡内に製鉄所を設けまする。さすれば、自国で生産した鉄器を他国へ売り、治水普請の費用の足しとする事も可能かと存じまする。」
若年ながら、邦衡の着想には政房の意表を突く所が有り、政房は暫(しば)し考え込んだ。やがて考えを纏(まと)めた政房は、二人を交互に見据えながら命じる。
「近藤宗久、其方(そなた)は豊間へ行き、治水計画を作成する為の人材を、父より借りて参れ。そして斎藤邦衡、其方は他国より鉄製農具を買い入れよ。先ずは、野田の民に行き渡るだけで良い。」
二人は、確(しか)と承知した旨を政房に告げると、衣服を整えて馬に跨(またが)り、滝尻へ向かい疾駆して行った。今の遣(や)り取りを見て居た清綱は、政房にそっと囁(ささや)く。
「中々見所の有る若武者にござりまするな。この分では少なくとも、殿の代は磐城家も安泰にござりましょう。」
政房は己が宣(せん)したにも拘(かかわ)らず、未だ磐城を姓として冠する事に、馴染(なじ)めて居なかった。しかし、土豪の一人である橘清綱にそう呼ばれると、中々心地好く響いて聞こえる。
「いや、未(ま)だ未だ国造りは始まったばかりじゃ。平貞盛や繁盛に取って、当家は背後に位置する目障(めざわ)りな存在故、もし今彼等が当家に難癖(なんくせ)を付けて攻め来(きた)らば、当家の者は瞬(またた)く間に虜(とりこ)とされてしまうであろう。仍(よっ)て油断は禁物ぞ。」
そう言われて見て清綱は、依然磐城家が脆弱(ぜいじゃく)な勢力である事を再確認した。そして再び、取り除いた土砂を盛った畚(もっこ)を、力を込めて担(かつ)いで行った。

 一方、滝尻へ向う二騎、即(すなわ)ち宗久と邦衡は、生き生きとした表情で駒を走らせて居た。
「宗久殿、愈々(いよいよ)我等にも大任が下りましたな。彼(か)の玉川の流れを治めるは、容易ならざる事。よくよく励まれよ。」
「うむ。邦衡殿も今は鉄器の購入だけでござるが、貴殿が進言された製鉄所の建設が認可されれば、その指揮官に任ぜらるやも知れぬぞ。」
二人は大役を得た喜びを分かち合い、笑顔で話を弾(はず)ませる。しかし、内心は初仕事の重圧に、緊張感はかつて無い程高まって居た。

 折しも、背後より強烈な北風が二人に吹き付け、その身を凍(こご)えさせた。それは、これから待ち受ける数多(あまた)の苦難を予感させ、二人の口数は俄(にわか)に減って行く。やがて仙道方面から雪が舞い込み、本格的な冬将軍の到来を予告して居た。

 年が明け、康保五年(968)と成った。漸(ようや)く磐城郡内でも梅が見頃を迎えると、凍(い)て付く寒さも大分和(やわ)らいで来た。早朝、池が凍る事も無く成り、枯木にも小さな蕾(つぼみ)が、彼方此方(あちこち)で見られる様に成った。

 滝尻の館では、早春の穏やかな陽光の下で、数本の満作が黄色の花を、風に戦(そよ)がせて居る。その根本では、政房が木の枝で土を削り、土壌が最早凍結しなく成った事を確認して居た。

 やがて夜に成ると、満天の星が闇夜を照らし始める。政房は居間の縁側から、星空を暫(しばら)く眺め続けて居た。政房は幼少の頃より、天体観測が好きであった。その輝く位置が、季節と共に移ろい、又一年経つと、同じ場所に戻って来るのも興味深かった。この趣味は成人した今、見知らぬ土地へ移っても、夜空を見上げれば、直ぐに正しい方角が判(わか)る、という特技に成って居た。政房は夜中に厠(かわや)へ立った折、手水鉢(ちょうずばち)に映った星の輝きを見て、新鮮な美を発見した。早速(さっそく)政房は家臣に指示し、居間の側に井戸を掘らせた。

 好天が続いた為、十日程でそれは完成した。深謀遠慮の御館が態々(わざわざ)成す事であるから、渇水時の備え等、何か特別な理由が有るのだろうと、館内の者は噂(うわさ)し合った。

 その後は雲の無い月夜と成ると、政房は度々部屋を出て、井戸を覗(のぞ)きに行った。晴れの日が続くと、それが連日と成る。

 ある日その姿を、警固中の大村信興に見られてしまった。
「殿、井戸を覗(のぞ)かれては危のうござりまする。」
信興は慌てて政房の側へ駆け寄った。政房はもう見付かってしまったかと、残念そうな表情を浮かべたが、家臣に心配を懸け続けても行かぬと思い、訳を説明した。
「この井戸の淵の、定めた処に顔を据えるとな、水面は鏡と成り、己の姿の背後に、星空を映し出すのじゃ。それを毎晩決まった時刻に見ると、星の位置が移ろい行くのが分かる。加えて、斯様(かよう)に絢爛(けんらん)たる星空を地中深くに見る事で、自然の不可思議や玄妙を感じ、又その摂理に気付いた時は、何とも言えぬ感動を覚えるのじゃ。」
政房の説明に、信興は解った様な解らぬ様な顔をして、佇(たたず)んで居る。
「はっ、然様(さよう)にござりましたか。」
信興は、政房が天文学を己なりの方法で楽しんで居る、という事だけは解ったので、取り敢(あ)えずその場を辞して行った。

 やがてその話は館内の者の間に広まり、何時(いつ)とも無しに「星見の井戸」と呼ばれる様に成った。しかし政房は、これを只の趣味の道具としただけでは無かった。

 ある日の日中、政房は何気無く井戸の中を覗(のぞ)いて居た。すると突然、驚愕(きょうがく)の様相を呈し、近くに居た家臣を呼び止め、急ぎ住吉明神の宮司を呼びに行かせた。やがて輿(こし)に担がれ、館内に入った宮司は、井戸の方へ通され、政房と対面した。政房は恐縮しながら、宮司に告げる。
「本日は急ぎ御運び下さり、誠に有難く存じまする。実は真昼にも拘(かかわ)らず、井戸の水面に北極星が輝いて見えまする故、何かの兆(きざ)しではと思い、宮司殿に御検分の程を御願い致したく存ずる次第にござる。」
「何と、然(さ)も珍しき事がござりましょうや?」
宮司は訝(いぶか)しむ顔をして、暫(しば)し井戸を覗(のぞ)き込んで居た。やがてその顔を上げ、政房の方を振り向いた時、顔中に汗が吹き出し、表情は先の政房と同様、驚きの色を隠せない様子であった。
「妙見菩薩よりの御神託にござる。」
宮司の言葉を受け、政房は直ぐ様跪(ひざまず)く。他の家臣達も皆、何が何だか解らぬまま、政房に倣(なら)って平伏した。皆動作を止め、辺りが静寂に成ると、宮司は厳粛に話し始める。
「先程、御領主様が御覧に成られた北極星は、妙見菩薩が御降臨なされた、仮の御姿にござりまする。そして、二つの御神託を御下しに成られました。」
そう告げると、宮司は西南の方角を指差した。
「一つは、今は荒廃せし鳥見野社を再興させる事。」
そして宮司は政房の前へ立ち、政房の顔を見詰めながら告げる。
「二つ目は政房殿、貴方の御名は武州忠頼殿より授(さず)かりし物。奥州四郡の主として君臨する今、その名は捨てよとの御託宣にござりまする。」
宮司が全てを告げ終えると、政房等は井戸に体を向け、妙見菩薩に平伏した。そして頭を上げると、政房は宮司に対して尋ねる。
「御神託では、今の名を捨てよとの仰(おお)せにござりまするが、では今後、何と名乗れば宜しゅうござりましょうや?」
「いや、そこまでは、御告げにはござりませなんだが。」
宮司は困った顔で答えたが、その直後、ふと何かを思い付いた様で、再び語り始めた。
「菩薩様は、忠頼殿より戴いた名を捨てよと、仰せに成られた。其(そ)は磐城家に、村岡家より独立した勢力と成る事を、御求めに成られた故でござりましょう。御神託に沿えば、御領主は新たな氏を興す事と成りまする。仍(よっ)て、政氏(まさうじ)様と名乗られては如何(いかが)にござりましょう?」
「ほう。中々良い響きと存ずるが、皆の者は如何(どう)思う?」
政房は辺りを見渡して、家臣達に尋ねる。それに対し、先ず答えたのは近藤宗久であった。
「畏(おそ)れ乍ら申し上げまする。殿の今の御名(おんな)は、忠頼公より賜りし物なれば、当然村岡家に対し、角が立つ事が懸念されまする。今は未だ、村岡家との友好関係は必要不可欠なる物。斯(か)かる危険を冒(おか)してまで、御神託に従う必要は無き物と存じまする。」
宗久の意見に対して頷(うなず)く者も有ったが、大村信興はそれに否定的な見解を示す。
「某(それがし)はそうは思いませぬ。殿の御名(おんな)には、忠頼公の偏諱(へんき)は賜って居りませぬ故、宗久殿の懸念されるが如き事態には、成らぬ物と存じまする。それよりも寧(むし)ろ、当地に御降臨なされた菩薩様の御告げの方が大事かと、存じ奉(たてまつ)りまする。」
二人を除(のぞ)いて、その後誰も意見を述べ様とはしなかった。政房は、斎藤邦衡にも意見を求めて見たが、主君の決定に従うまでと答えるばかりである。これだけでは判断に心許(こころもと)無いので、橘清綱にも意見を尋ねて見た。
「清綱、其方(そなた)は如何(どう)思う?」
清綱は沈着として答える。
「遠くの親類より、近くの他人が頼みと成る例も、多うござりまする。宗久殿と信興殿の意見を対比させて見れば、平忠頼公を選ぶか、妙見菩薩を選ぶかと成り、某(それがし)は磐城の地に降臨なされた、妙見菩薩の言に従うが宜しいかと存じまする。又、此度は妙見菩薩の御神託が有ったと申し上げれば、村岡家に対して角が立つとは限らず。他方、御神託を聞き入れなければ、何かしらの災禍(さいか)が必ず訪れましょう。」
清綱の論説は、在地豪族の理解を得、多くの者がそれを支持した。政房はこれ等の諸将を見渡し、論議の大勢が決まった事を察した。そして、己の決断を告げる。
「私は、妙見菩薩の御神託に従う事と致す。仍(よっ)て、今日より我が名を政氏と改める。」
宗久を始め諸将は、政房改め政氏の前に平伏した。政氏は彼等を見据えながら頷(うなず)き、言葉を接ぐ。
「漸(ようや)く凍土も融解し、春の兆しが日増しに強まって居る。そこで、我等も愈々(いよいよ)動き始め様かと思う。近藤宗久は引き続き、玉川の治水事業を担当させるが、他三名に対し、新たな任務を与える。」
政氏の声には、雌伏から飛躍に移行しようとする、力強さが感じられた。諸将もその声を受けて気が入り、鋭い眼指で政氏を見詰めて居る。
「大村信興。」
「はっ。」
「其方(そなた)は妙見菩薩の御告げの通り、鳥見野社再建の普請(ふしん)を任せる。」
「承知仕(つかまつ)り申した。」
信興は御神託に沿う役目に就けて、至極(しごく)満足気である。
「次に斎藤邦衡。」
「ははっ。」
「其方には菊多郡衙に行って貰(もら)う。間も無くそこに、ある男が到着する筈(はず)じゃ。粗相(そそう)の無き様に出迎える事。そして、後から私が到着するまでの間、彼等を確(しか)と持て成せ。」
「一体、何方(どなた)様を御迎えするのでござりましょうや?」
邦衡は訝(いぶか)しがりながら尋ねたが、政氏は確たる事は告げない。
「行けば判(わか)る。」
そう一言告げただけであった。邦衡は渋々承服し、政氏の目は次に清綱に向けられた。清綱は固唾(かたず)を呑んで、主君の言葉を待つ。やがて政氏の口が、そっと開いた。
「私は、この春に菊多郡を視察し、年内には信夫郡、津軽郡も見て置きたい。仍(よっ)て此度、橘清綱を菊多巡察の責任者に命ずる。進路、日程、護衛等の手筈(てはず)を、滞(とどこお)り無く定めよ。この時、私は邦衡に合流致す。」
「はっ、確(しか)と承りましてござりまする。」
清綱は、近藤宗弘の後任たる大役を仰せ付かり、嬉々とした顔で承服した。

 この時を以(もっ)て、磐城郡政は愈々(いよいよ)、本格的な始動を見た。滝尻直属の臣が新たな任務を得、長期的な産業開発計画の端緒に立ったのである。又、政氏は平忠頼より賜った名を変える事で、心底に在る従属心を払拭(ふっしょく)した。そして忠頼との仲を波立たせず、磐城郡主として、一地方に割拠する雄たる誇りを得たのである。これが星見の井戸の、もう一つの用い方であった。妙見信仰に肖(あやか)り、家臣の意見統一を計ったのである。その日の夜も政氏は、次第に暖かく感じられる様に成った風を受けながら、井戸に移る北極星を見詰めて居た。

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