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第九節 伊予の血戦
風は益々(ますます)勢いを増して居た。空気は乾燥し、浜では砂塵が濛々(もうもう)と吹き上がり、官軍の陣にも立ち籠(こ)めて来る。しかし、砂埃(すなぼこり)により体中が砂塗(まみ)れに成る事よりも、更(さら)に官軍を苦しめたのは、視界の悪化であった。
突如、忠政の陣の正面に、人影が見えた。よく見れば、近藤軍の兵士である。その兵は此方(こちら)に向かい、大声で叫んだ。
「近藤忠宗様、御帰陣にござりまする!」
やがて、砂埃の向こうから兵団の姿が現れ、続々と陣に入って来る。
思った程負傷者が出て居ないのを見て、相馬軍は戦勝に湧(わ)き立った。中軍に忠宗の姿が在り、忠政の姿を認めると、此方(こちら)へ歩み寄って来た。そして忠政の前で立ち止り、報告をする。
「御大将、敵兵は一応追い払い申した。」
しかし、忠宗の沈んだ表情が、忠政の心に不安を起させる。そして、忠宗は宗弘から先の軍議の事を聞き、宗弘に小野好古への伝令を命じた。
「敵船団がここより僅(わず)か半里の処に待機して居る為、絶対に船をこの入江より出さぬ事。更(さら)に敵の大部隊、怖らく一千以上が直ぐ近くまで迫(せま)って居る故、急ぎ臨戦態勢を取る事。以上、急ぎ伝えて参れ。」
宗弘は慌てて、好古の陣へ走った。忠宗は直ぐに陣立ての修正に入ったが、忠政と忠重は只それを見て居る他無かった。
一時程が過ぎた頃、隣の藤原慶幸の陣より、伝令が遣(つか)わされた。賊の一団が攻撃を仕掛けて来たとの事である。
「この砂塵では、一町先に敵が居っても分からぬわ。」
報告を受けて、忠宗はぼそりと呟(つぶや)いた。大風は未だ止む気配を見せず、砂の幕が敵の姿を隠して居た。
近くで鬨(とき)の声が上がって居る。しかし、忠宗は微塵(みじん)も動ずる様子を見せない。一方で忠政は居た堪(たま)れず、忠宗の元へ駆け寄って尋ねた。
「忠宗殿、我等は一体何時(いつ)動くのか?」
忠宗は忠政の方へは振り返らず、頓(ひたすら)砂埃の先を凝視したまま答える。
「あれは囮(おとり)にござりまする。この強風は暫(しばら)く続きまする故、敵の主力は必ずや風上、即(すなわ)ち背後より押し寄せて参り申そう。怖らく今頃は、南の林を密かに東へ向けて進んで居る物と思われまする。」
「では、我等は林の中に兵を伏せ、東へ抜けるのを防がねば成らぬのではあるまいか?」
「既(すで)に兵を送り込んでござる。只、今や制海権は敵の手に有りまする故、海より攻めて来る事も考えられ申す。」
そう言うと、忠宗は漸(ようや)く忠政の眼を見据え、更(さら)に言葉を接いだ。
「これから本当の地獄と成り申す。御覚悟を成されまする様。」
忠宗は暫(しば)し、厳しい眼を忠政に向けた後、再び砂塵の中へ視線を戻した。
更に半時が過ぎた。砂埃は相変わらず、もくもくと辺りに立ち籠め、冬の弱い陽射しを益々(ますます)衰えさせて居た。依然敵は、慶幸の陣へ攻撃を続けて居る。しかし風上の有利から、味方には未だ崩(くず)れる様子は見られなかった。
判官慶幸は兵五百を擁して居たが、その多くは負傷兵である。故に小野好古は東側に布陣する手勢の中から、百、二百と援軍を送り続けて居た。
やがて好古の陣からも、鬨(とき)の声が上がるのが聞こえた。忠宗は振り返って、宗弘を呼ぶ。
「敵は海路より、東の浜へ上陸した様じゃ。儂(わし)は三百の兵を率いて援軍に向かう故、其方(そなた)は残り百騎と共に、御大将とここを守れ。」
宗弘が承諾すると、忠宗は急ぎ後方の部隊を纏(まと)め、好古の陣へ向けて進発した。
周囲に響き渡る声は益々(ますます)盛んに成り、それに連れて忠政の緊張は、更(さら)に高まって居た。周りの兵が僅(わず)か百騎に成ってしまった事も、それに拍車を掛けて居た。
突然、忠政の陣の正面から人の声が聞こえて来た。よく聞けば、悲鳴の様にも聞こえる。砂埃の為に、その姿は未だ確認出来ないが、此方(こちら)へ向かって近付いて来るのは判(わか)る。宗弘は敵襲に備え、前列でじっと様子を窺(うかが)って居た。
次第に、砂塵の中から人影が浮き出てくる。意外にも、彼等は忠宗が林の中へ伏せて置いた兵であった。慌てて陣へ駆け込んで来る姿に、前衛の兵は動揺を覚え始めて居る。
「如何(いかが)致した?」
陣に到着した兵に宗弘が尋ねると、兵の一人は息も切れ切れに答えた。
「敵は騎馬隊を擁して居りまする。その数は少なくとも二百騎以上。我々歩兵百名ではとても太刀打ち出来ず、潰走致した次第にござりまする。敵は間も無く、ここへ押し寄せて参りましょう。」
そう言うと、兵はその場に倒れ込んでしまった。宗弘は最前列の低い土塁を放棄し、後方の馬防の役目を果せそうな柵の後ろへ兵を移して、弓隊に構えさせた。
地鳴りの様な響きは、やがてはっきりと馬蹄の音として聞こえる様に成った。陣中へは味方の兵が一人、又一人と逃げ帰って来る。砂塵の中から騎馬の姿が見えた時、敵は既(すで)に近くまで迫って居た。
「弓隊、放(はな)て!」
宗弘の号令を受け、無数の矢が騎馬武者に向かい飛んで行く。次の瞬間、先頭を駆けて居た武者が、次々と馬から転がり落ちた。宗弘は二次、三次と弓を射掛けさせ、敵兵二十余騎を射落としたが、遂に敵が目の前へ迫った為、歩兵を繰り出した。
されど、騎馬が突進する勢いは凄(すさ)まじい。敵騎は相馬軍の歩兵を跳ね飛ばし、陣の中へ突入して来た。陣内は大混戦と成ったが、続々と砂塵の中より現れる敵騎兵の猛攻の前に、味方は次々と打たれて行った。
村岡忠重は、己と忠政の馬を曳(ひ)き、黒駒の手綱を忠政に託して告げる。
「忠政殿、坂東武者の名折れと成らぬ様、存分に暴れましょうぞ。目指すは追捕使様のおわす東の陣。」
忠重は笑みを浮かべて居るが、心底では覚悟を固めたのか、沈着さを備えて居る。忠政はその笑顔に些(いささ)かの安堵を覚えると、勢い良く黒駒に跨(またが)った。
二人の少年武者は、馬を駆って東へ進んだ。敵の騎馬武者が幾人も行く手を遮(さえぎ)る。しかし忠重は巧みな馬術で敵を翻弄し、次々と突破口を開いて行った。忠政も忠重の後に続く。行く手に見える敵兵の数は、次第に少なく成って行った。
無事に脱出できる。そういう思いが頭を過(よぎ)った次の瞬間、忠重は太刀を弾(はじ)かれ、馬から転がり落ちた。忠政は突然の事に驚き、馬の脚を止める。
「何じゃ、あの時の小童(こわっぱ)ではないか。」
忠重の突進を遮(さえぎ)った敵将は馬を止め、忠重を馬上より見下ろしながら言った。
忠重は急ぎ脇差を抜き放ち、敵将の方へ振り返る。その直後、忠重の体が一瞬硬直した。
「御主は、昨夜の海賊?」
「覚えて居ったか。豊田の利光じゃ。此度は藤原三辰様直々(じきじき)の御出馬故、腑抜(ふぬ)けた官兵共を一掃しに参った。」
「この忘恩の徒めが。命を助けて貰(もら)いながら、斯様(かよう)に悪怯(わるび)れも見せぬとは。」
忠重は憤怒(ふんぬ)の形相と成り、豊田利光に斬り掛かった。利光は剣術に長(た)け、五合程刃を交えた所で忠重は体勢を崩され、右側二の腕を斬られて刀を落した。
その時、利光の背後から忠政が突進して来た。利光が一間程馬を下がらせた隙(すき)に、忠政は忠重の左手を掴(つか)み、そのまま馬に乗せて走り去った。
忠政は何とか忠重を引き上げ、忠重は忠政の後ろに跨(またが)った。頓(ひたすら)東へ向かって疾走するが、利光以下三騎の騎兵が追走して来る。
強風は俄(にわか)に衰えを見せ始めた。砂浜に舞い上がって居た砂埃は次第に収まり、青い瀬戸内の海が視界に入って来る。しかし見晴らしが良く成った事で、忠政等が敵騎を撒(ま)く事は、更に困難に成った。
敵は執拗(しつよう)に追い、忠政との距離を縮めて来る。間も無く敵騎の槍の射程に入る。ここまでかと、忠政の胸裏に絶望が過(よぎ)った瞬間、前方に砂埃が舞い上がるのが見えた。やがて、馬蹄の轟音が響き始める。
追手もそれが気に掛かったらしく、忠政との距離が開き始める。忠政は一縷(いちる)の望みを託し、その軍旅を目指して突進した。
やがて、忠政の心に狂喜が起った。前方の軍勢が、相馬の旗を掲(かか)げて居たからである。豊田利光以下の追手は、官軍の新手に驚いた様子で、馬を返して去って行った。忠政はそれを見て安堵し、黒駒の脚を緩(ゆる)めた。
相馬軍旗を掲げる軍旅は、やがて忠政等の元へ達し、先頭に居た村岡重武が軍を停止させた。そして忠政と、その後ろでぐったりして居る忠重の姿に驚いた様子で、馬を駆って忠政の前へ進み出た。
「忠政様、その御姿は一体?」
半ば唖然(あぜん)としている重武に、忠政は慌てて答える。
「この先に布陣せし我が隊は、敵騎馬隊の猛攻を受け、将に壊滅の危機に在る。我等は血路を開き、何とかここまで逃れて参った。」
重武は表情を歪(ゆが)めて頷(うなず)いた。そして騎馬隊を先行させ、近藤宗弘の陣へ送った。重武は再び、忠政の方を振り返って申し上げる。
「某(それがし)はこれより、賊兵を一掃して参りまする。忠政様には薬師(くすし)と衛兵百名を残しまする故、ここに留まりて、治療を御受け下さりませ。」
忠政が頷(うなず)くのを見ると、重武は直ぐに軍を分け、近藤軍救援に進発した。精強な坂東武者百騎に護られ、忠政は重武の軍旅を頼もしく思いながら見送った。
忠重の方へ目をやると、薬師(くすし)が治療を始めて居た。腕は深く切られ、大量に出血して居る。薬師は傷口を酒で洗い、膏薬(こうやく)を塗り込む。その上に布を宛(あて)がい、縛(しば)って固定した。
治療を受けている間、忠重は酷(ひど)く苦しんで居た。治療が済んだ後、忠政は傍らへ歩み寄り、顔を覗(のぞ)き込む様に座った。
「忠重殿、貴殿の働きの御蔭で命を拾えた。感謝の言葉も無い。」
忠政の言葉を受けて、忠重は微(かす)かな笑みを浮かべ、怪我をして居ない左手を伸ばす。忠政がその手を掴(つか)むと、忠重はか細い声で告げる。
「忠政殿とて、見事な手綱捌(さば)きで御座った。某(それがし)こそ、命を救われ申した。」
そう言うと忠重は眼を閉じ、手の力も抜けて行った。忠政の背後から、薬師(くすし)が声を掛ける。
「少し休ませて上げて下され。大分体力を消耗されて居りまする。次は貴方(あなた)様の手当てを致しましょう。左肩より出血がござりまする。」
言われて見て肩に手を当てると、掌(てのひら)に鮮血が付いた。怖らく、昨夜の傷口が開いた物であろうが、意識すると激痛を感じる。忠政も薬師の手当てを受け、その後は忠重の眠る横に座り、呆然(ぼうぜん)として居た。今に成って漸(ようや)く、先程まで生死の挟間に居た事が、恐ろしく感じられた。
*
無傷の村岡軍の活躍は目覚しく、官軍の陣に乱入して居た海賊を悉(ことごと)く駆逐した。村岡軍は一年前、鎮守将軍平良文の下、奥羽の反乱の鎮定から凱旋したばかりである。良く訓練され、馬術、槍術、何(いず)れも海賊の擁する騎兵を圧倒した。
海賊を潰走させた後、村岡重武は軍を纏(まと)め、官軍の陣へと向かった。官軍は勝鬨(かちどき)を上げて、村岡勢を迎え入れる。陣の入口では、近藤忠宗が騎乗して待って居た。重武が忠宗の前で止まると、忠宗は静かに頭を下げた。重武は淡々とした様子で語り掛ける。
「此度は追捕使様の救援に駆け付け、奮戦なされたとの事。見事な働き振りにござる。」
忠宗は未だ、頭を下げ続けて居る。重武は一息吐(つ)くと、言葉を続けた。
「御大将忠政様並びに不肖の倅(せがれ)は、我が軍が救出致した。心配には及ばぬ。」
それを聞いて漸(ようや)く忠宗は頭を上げ、ほっと溜息を吐(つ)いた。
「有難く存ずる。御大将に万一の事有らば、本家忠文様に会わせる顔が無く成る所でござった。」
しかし重武は、忠宗に厳しい視線を投げ掛ける。そして一時(いっとき)間を置いてから、話を接ぐ。
「忠政様も忠重も傷を負い、今は手当を受けてござる。もしも忠政様に御身(おんみ)に万一の事有らば、儂(わし)も常陸介良文様に合わせる顔が無く、腹を切る他無い所であった。以後、殿を戴(いただ)き出陣される折には、迂闊(うかつ)な作戦は許されませぬぞ。」
忠宗は言葉を失い、再び頭を下げた。その様子を見て、重武は幾分語調を和(やわ)らげる。
「されどこれにて、相馬家再興は予想以上に早まる物と存ずる。先ずは、追捕使様の元へ案内してはくれぬか?」
「はっ、では此方(こちら)へ。」
忠宗は恐縮した様子で、重武の先導を務めた。重武は堂々たる態度で、その後に付いて行く。周囲からは、村岡軍への喝采が聞こえて居た。
本陣では、追捕使、追捕副使以下が軍議の席を設けて居た。重武は、陣幕に入ると同時に礼を執る。小野好古はそれに気付くと話を中断し、重武に声を掛けた。
「おお、其方(そなた)が村岡殿か。此度の活躍、真に遖(あっぱれ)である。先ずは席に着かれよ。其方の意見も聞きたいでな。」
好古に勧められ、重武は軍議の席に加わった。重武と共に来た忠宗も、重武の隣の席に腰を下ろした。
再び本陣に静寂が訪れると、先ず判官藤原慶幸が重武に尋ねる。
「村岡殿は此度、如何程(いかほど)の兵を伴われて参られたのか?」
「はっ。騎兵百、歩兵四百、併せて五百にござりまする。」
諸将から「おお」と声が上がった。それを代弁するが如く、慶幸は話を続ける。
「此度の合戦で、官軍本隊の兵力は二千を下回り、その内戦える者は五百ばかりにござる。村岡殿の軍が加わらば、依然戦況の挽回は可能と存ずる。」
官軍の将は皆喜々とした表情を浮かべて居るが、重武は無表情のままである。村岡軍としては、危険な任務を負わされ、多大な犠牲を払う事態だけは、何としても避けねば成らない。戦(いくさ)半ばで軍が壊滅しては、乱平定の折に戦場(いくさば)よりの離脱を余儀無くされ、恩賞が減らされる怖れが有った為である。
続いて、好古が重武に尋ねた。
「村岡殿はここに居並ぶ諸将の中では、最も軍務経験が豊富じゃ。敵は依然として強力な水軍を擁して居り、その軍船は千を超えるという。其方(そなた)なら斯(か)かる事態、如何(いかが)対処致す?」
諸将の注目が集まる中、重武はさらりと答える。
「今宵(こよい)、撤退する他は有りませぬ。敵の水軍は未だ健在とはいえ、陸の兵は大分被害を受けた筈(はず)でござりまする。今ならば、陸の道は開けて居る物と存じまする。」
「では、多くの負傷兵と軍船は如何(いかが)致す?此等を失えば、我が軍は当分の間、水戦が出来なく成るのじゃぞ?」
不意に経基王が質疑をして来た。されども重武は、沈着として答える。
「ここに留まりては、敵が戦力を補充する機会を与えるのみにて、何(いず)れは追捕使様以下、悉(ことごと)く賊の虜(とりこ)と成り申そう。今ならば千の命を救え申するが、時を空(むな)しく費やせば、全員討死の危険もござりまする。それとも経基王殿下には、何ぞ他に策が御有りにござりましょうや?」
「い、いや。全軍を救い、賊を殲滅(せんめつ)させる策が無いか、尋ねただけじゃ。」
そう言うと、経基王は口を噤(つぐ)んだ。
再び陣幕の内は静まり返った。諸将は互いに顔色を窺(うかが)い合って居る。やがて、沈思黙考を続けて居た小野好古はすっと立ち上がり、断を下した。
「全軍、今夕日没後に讃岐へ撤退する。殿軍(しんがり)は、水陸両軍を擁する相馬殿に御願い致す。」
殆(ほとん)どの将が手勢の多くを失って居た。加えて危険な殿軍の任を外れた事も手伝って、次々と好古の決断に賛同を示した。重武も忠宗も、殿軍を外れる策は思い浮ばず、悲愴な面持ちで座って居る。大将平忠政は負傷し、村岡忠重に至っては負傷にて、動く事も叶(かな)わない。相馬の将が自軍崩壊の危惧を募(つの)らせて居る一方で、他の将は退却の手筈(てはず)の協議に移って居た。
冬の陽は短い。軍議が終った頃、夕陽は既(すで)に西の山並に掛かって居た。朱色に染まる海辺を、重武と忠宗は並んで歩き、自軍の陣へ向かって居た。二人共深刻な表情で、黙って歩いて居たが、ふと重武が忠宗に話し掛けた。
「貴殿の軍は如何程(いかほど)が健在か?」
「二百が死傷し、健在なのは三百。又、副将の宗弘以下、半数の将が負傷した為、戦力は半減してござる。」
忠宗は夕陽に染まる瀬戸内の海に、目をやりながら答えた。
「宗弘殿は起き上がれるのか?」
「何とか立てる様ではござるが。」
「此度の撤退、海よりも陸の方が安全でござる。宜しければ、宗弘殿は我が軍にて御連れ致そう。」
重武の提案を聞き、忠宗は珍しく血相を変えて、重武の手を掴(つか)んだ。そして、震える声で答える。
「有難うござる。水軍は全滅の公算が高く、賊の襲撃を受ければ、負傷者を護ってやる余裕はござらぬ。」
やがて忠宗が手を放すと、重武は悲痛な面持ちで話を続ける。
「実は、貴殿に一つ御願いの儀がござる。」
「何なりと。」
忠宗は微笑を浮かべる。
「某(それがし)の倅(せがれ)、忠重の事でござる。此度の合戦にて深手を負い、陸路にて連れ帰る事は能(あた)わず。近藤殿の水軍が唯一の退路でござる。」
忠宗は俄(にわか)に顔色を変えた。そして真剣な眼差しを重武に向けて答える。
「命に懸けても、忠重殿は無事に讃岐へ御連れ申そう。忠重殿は単騎、御大将を御救いなされた勇者。その大功に報いたく存ずる。」
「御願い致す。忠重は常陸介良文様より託されし御子。何卒(なにとぞ)。」
ふと忠宗は立ち止り、空を見上げた。
「昼間、あれ程吹き荒れて居た北東の風が、鳴りを潜(ひそ)めてござる。これなら早々と、讃岐に到着出来申そう。」
空には既(すで)に、幾つかの星が輝きを見せ始めて居る。重武もそれを眺め、ふと心の奥が明るく成った様に感じた。
相馬の陣には忠政、忠重等も既(すで)に到着し、宗弘が全身に傷を負った痛ましい様子で、床几(しょうぎ)に座りながら退却の指揮を執って居た。二人が帰陣した時、宗弘と忠重は動くことが能(あた)わず、忠政だけが二人を迎えに出た。忠宗は出迎えに現れた総大将に礼を述べたが、左肩の出血痕を見て、気が重く成った。危うく、藤原忠文より託された相馬家再興の可能性を、潰(つい)えさせる所であった事に気付いたからである。
*
やがて陽が沈むと、辺りは漆黒の闇に覆(おお)われた。全軍が退却の仕度に追われ、篝火(かがりび)を焚(た)かなかった為に視界が利かず、波の音が昼よりも響いて聞こえた。
既(すで)に幾つかの部隊が、浜を離れて居た。忠重は意識が定まらず、呼吸も荒く成って居る。忠政も熱を発し始めたので、忠宗は二人を他の将に託そうと、重武に告げた。重武は思案の挙句(あげく)、その提案に同意した。水路を採る部隊の内、残って居るのは経基王の手勢だけである。忠政は、経基王の部隊に入る事には気が進まなかった。されど、忠重の命には替えられず、その提案に同意した。重武は承諾を得ると直ちに、経基王の陣へ使者を遣(つか)わした。
しかし、使いの者は中々戻っては来なかった。半時程経って、漸(ようや)く戻って来た使者は、悲痛な面持ちで重武の前に跪(ひざまず)いた。その様子に不安の色を呈する重武に対し、使者は声を震わせて報告する。
「申し上げまする。経基王殿下への面会、叶(かな)わぬ仕儀と成り申した。」
「何と?詳しく申せ!」
重武は憤怒(ふんぬ)と驚愕の表情で質(ただ)す。
「衛兵に殿下への取り次ぎを御願い致した所、退却の采配も有る故、暫(しばら)く待つ様に告げられ、その場にて待機して居り申した。暫く待った後、取り次いだ兵が俄(にわか)に船の方へ進み始めたのを見て、追い掛けて尋ね申した。すると、殿下は既(すで)に陣を離れ、彼等も後続として出発する所でござり申した。」
「愚か者!」
重武は兵を怒鳴り付け、拳(こぶし)を上げる。しかしその直後、傍に居た忠政が声を上げた。
「重武、止めよ!」
既(すんで)の所で重武の拳は止まり、重武は驚いた様子で忠政の方を振り返った。
「その者が悪いのでは無い。経基王は相馬の家を御怨みの様じゃ。よって悪いのは、この私じゃ。」
そう言うと、忠政は忠重の傍(そば)へ歩み寄る。
「済まぬ。私の所為(せい)で其方(そなた)を安全な船に乗せてやる事が出来なんだ。しかし、必ず私が護り抜く。」
忠政は立ち上がり、重武と忠宗の方を振り返る。
「私は海路を行く。忠宗殿、宜しく頼むぞ。」
それを聞き、忠宗は慌てて答えた。
「海路は海賊の猛攻に遭(あ)う怖れが高く、よって御大将には軍師殿と共に、陸路を採って戴きとう存じまする。」
しかし、此度の忠政は今までに無く強行であった。曰(いわ)く。
「かつて東国の乱の折、藤原玄茂(くろしげ)が敵の誘計に掛かり危機に陥った時、父上は見事敵を蹴散らし、臣玄茂を救ったそうな。私は、斯様(かよう)に強き義将に成りたいと思う。又、忠重殿は常陸の義父(ちち)上の子。ここで護り抜いてこそ、義父上への忠孝の道を全う出来る物と存ずる。」
重武は困りつつも、忠政の成長を嬉しく思った。そして一計を案じ、忠宗に諮(はか)る。それは重武の騎馬隊を先行させ、後発の水軍が敵の追跡を受けた時、合図を以て騎馬隊の近くに船を寄せ、陸の援護を受けるという物であった。騎兵が浜より神出鬼没の攻撃を仕掛け、敵の追撃の手を緩(ゆる)めるのが狙いである。以(もっ)て、敵に追われる事無く伊予を脱する事が出来得るならば、船の方が怪我人の運搬には適して居る。忠宗はその案に同意すると、兵に夕餉(ゆうげ)を取らせた。他の部隊は逸(いち)早く戦線を脱して居り、殿軍(しんがり)の相馬軍は敵の追撃を受ける事となる。兵の腹を満たして、体力を付けさせて置いた方が良いと、考えての事であった。
相馬軍を除(のぞ)く全ての部隊が伊予の陣を離れると、重武は全軍に篝火(かがりび)を焚(た)く様に命じた。相馬軍だけで一千の兵を擁して居る為、依然官軍の陣には、大規模な軍が駐屯して居る様に見える。その中、見張り等を除く多くの者が、夕餉(ゆうげ)を掻(か)き込んで居た。
更(さら)に一時が過ぎた。睦月の夜の冷え込みは一段と厳しい。村岡重武は味方が充分に戦線を離脱したと判断し、相馬軍全軍に撤退の指令を発した。とはいえ、騎兵部隊は半時程前に先行して居る。陸兵は隊列を整え、水兵は乗船を開始した。凡(およ)そ五十艘の船団は二列の縦隊と成り、長蛇の陣形を成しながら、東へ向けて出航した。陸の村岡勢と海の近藤勢が、互いに激励の言葉を掛け合って居る。これは播磨で両軍が始めて合流して以来、初めて見られる光景であった。此度の伊予の戦役で、両軍の絆は強固な物と成って居た。
忠政は忠宗と共に司令線に座乗し、陸の村岡軍を眺めて居た。村岡軍が遠く後方に離れると、忠政は屋形に入って行った。中では忠重が、静かに横に成って居る。忠政は忠重の傍(そば)に座り、外の景色に目をやった。夜空には満天の星が輝き、月も眩(まばゆ)い光を放って居る。普段なれば綺麗な光景と感じるのであろうが、敵に利する光であると思うと、月明かりにでさえ、恨みが向けられそうであった。しかし、耳を澄まして聞こえて来るのは、波の音ばかりである。それが周囲の静寂さを、却(かえ)って増幅して居る様にも感じられる。忠政はその静けさの中に身を置き、遠い坂東の景色と、親兄妹との思い出に耽(ふけ)って行った。
出航から一時が経った頃、兵士の間で、海賊は官軍の撤退に気付かなかったのでは、という話が聞こえ始めた。張り詰めて居た空気が和(なご)み始めた直後、船団の後方から海賊発見の報が齎(もたら)され、船団は俄(にわか)に臨戦態勢に入った。忠宗は船団の進路を陸寄りに変える様、指示を飛ばす。しかし、海賊船団が襲撃して来る気配を見せないので、炎で陸の騎馬隊に合図を送る事まではしなかった。未だ海賊船は月明かりの下、二十艘程しか確認出来ず、これ位ならば近藤水軍だけで、充分対処出来る。
海賊船二十余艘は徐々に距離を縮めて来るが、船上の兵はひっそりと静まり返って居る。忠宗は各船、楯の陰で兵に弓を番(つが)えさせ、待ち構えた。敵船が近藤軍の射程に入ろうとした時、敵船の中の一艘が松明(たいまつ)を灯(とも)して、近寄って来た。見れば、その船には二人が乗って居り、一人は操舵手で、もう一人は武士の身形(みなり)をして、白旗を掲(かか)げて立って居る。これは敵の軍使であると考えた忠宗は、船上から大声で、旗を持つ男に質(ただ)した。
「そこに居る者、一体何者か?」
「某(それがし)は藤原恒利(つねとし)と申す者。相馬殿の船と御見受けし、参上致した次第。」
「某(それがし)は当船団の大将、近藤忠宗じゃ。用件を申せ。」
「我等は今まで、藤原純友が下に付きし者なれど、此度官軍への帰順を願い出る者にござりまする。」
近藤軍は、意外な軍使の言葉に戸惑いを生じた。そして忠宗は、自軍の崩壊を避ける一縷(いちる)の望みであると考えた。他の賊船に攻撃の気配が無い事を確認した上で、藤原恒利と名乗る人物一人を、忠宗の乗る船へと導いた。
恒利は舟を一間まで寄せ、忠宗の船に跳び移った。よく見れば、恒利は鎧(よろい)を纏(まと)わず、帯刀もして居ない。兵が三名、恒利を取り巻き、忠宗の元へ案内した。
忠宗の前へ着くと、恒利は跪(ひざまず)いて礼を執り、頭を下げたまま黙り込んだ。忠宗は訝(いぶか)し気な表情を浮かべつつ、恒利に尋ねる。
「純友殿の勢力は未だ強く、官軍はその根拠地伊予を落せずに居る。だのに何故、投降を申し出る気に成ったのか?」
恒利は顔を上げ、その視線を忠宗に向けて答える。
「某(それがし)は古くより純友に仕えし者なれど、朝廷への叛心は更々(さらさら)ござりませぬ。今までは純友を恐れる余り、賊に加担致して居り申したが、此度平将門殿の御曹司が赦免を受け、出陣なされたと聞き及び、一族郎党と相諮(はか)りて、再び朝廷の下に帰順する好機と捉(とら)え、罷(まか)り越した次第にござりまする。」
「其(そ)は殊勝な心掛け。されど、当方も追捕使様へ取り成すには、真に帰順の心有りと示せる確証が必要じゃ。其方(そなた)、何ぞ官軍への手土産を持参致したか?」
恒利は、自信に満ちた笑顔を見せる。
「一つは、某(それがし)にござりまする。」
忠宗が顔を顰(しか)めたのを見て、恒利は説明を続ける。
「某(それがし)は久しく純友の傍(そば)に在り、賊方の兵力や軍需物資の数と所在を、熟知致して居りまする。」
「ほう、ではもう一つは。」
「この部隊が、追撃を受けぬ様に致しまする。」
「何と?」
忠宗は一瞬驚きの表情を見せたが、再び冷静さを取り戻して尋ねる。
「実は某(それがし)、官軍追撃の先鋒を承って居りまする。されど、殿軍(しんがり)が相馬軍であると判(わか)り、故に寝返らせる脈有りと味方に申し出、某(それがし)が説得を試(こころ)みる暫(しば)しの間は攻撃を控える様、後続部隊に告げてござる。加えて申し上げれば、後続部隊は軍船二百艘を擁して居りまする。」
忠宗は少し思案した後、話を続けた。
「ふむ、我等はこのままでは、痛い打撃を受け様な。それで、其方(そなた)はこの窮地を如何様(いかよう)に救ってくれるのか?」
「其(そ)は容易(たやす)き事。説得に成功し、純友方への帰順の手土産に、これから帰陣すると見せ掛け、讃岐の官軍に奇襲を仕掛けると伝えまする。そして後はそのまま、讃岐の陣へ逃げ込みまする。」
周囲の将兵は恒利の話に半信半疑であった。しかしこの策を実行した所で、自軍がこれ以上不利に成る事は無いと考え、忠宗は恒利に、帰順の取り成しを了承した旨を伝えた。恒利はそれを聞くと喜び、忠宗に礼を述べると、再び自軍の舟へと戻って行った。
忠宗は海岸に沿って進むのを止め、沖へ向かい始めた。即(すなわ)ち、讃岐の陣への最短進路を選んだのである。敵水軍が二百艘を超えると判(わか)った以上、村岡軍の援護を得ても勝ち目は薄い。寧(むし)ろ、余計な犠牲を増やすだけである。近藤水軍が進路を変えた事で、藤原恒利の船団もそれに追随した。
(これで敵は、我等が寝返ったという恒利の言を、信じ易く成ったであろうか?)
そう思いながら忠宗は、恒利の船団の先に広がる闇を見詰めて居た。
屋形では忠政が、縁(へり)に凭(もた)れながら月を眺めて居た。そして傍らの忠重に、そっと語り掛ける。
「忠重殿、無事に讃岐へ戻れそうじゃ。天が我等に味方して居る。」
忠重は、依然黙って横になったままである。しかしその眼からは、一筋の涙が頬(ほお)を伝って居た。忠重も又、心を遠く坂東の父母に馳(は)せて居た。
あれから暫(しばら)く時が過ぎ、遂(つい)に闇夜の果てに、煌々(こうこう)と浮かび上がる官軍の陣営が、確認出来る処にまで到達した。その明かりは、屋形から外を覗(のぞ)く忠政の眼にも映(うつ)って居る。忠政は喜び勇んで屋形を飛び出し、舳先(へさき)に立つ忠宗の元へ駆け付けた。そして、後方の闇を凝視し続ける忠宗の背後に立つ。
「忠宗殿、無事讃岐まで辿(たど)り着けた様じゃ。」
笑顔を湛(たた)える忠政に対し、忠宗は険しい表情を見せて答える。
「御大将、今が最も危険な時でござる。もし恒利なる者が偽(いつわ)りを申して居たならば、敵が仕掛けて来る時は、今を措(お)いて他に無し。官軍の陣へ入り、追手を撃退するまでは、油断は禁物にござりまする。」
忠宗の言葉に忠政ははっと気が付き、忠宗と同様に、後続の恒利の船団に目をやった。
やがて、官軍の陣は大分間近に迫(せま)って来た。忠宗は突如、全ての船上で松明(たいまつ)を灯(とも)し、相馬の旗を明るく照らす様命じた。そして全速を以(もっ)て、官軍陣営の側に船を付けた。藤原恒利率いる二十余艘も又、近藤水軍の隣に接岸した。
程無く官軍の一隊が、近藤水軍の処へ駆け付けて来た。忠政と忠宗は下船し、官軍部隊を待ち受ける。部隊の将が二人の前に駆け寄ると、忠宗が前に出て将へ告げた。
「殿軍(しんがり)の平忠政軍七十艘、只今到着致し申した。又、沖に賊の船団二百艘が追って来て居る模様。全軍に警戒を呼び掛けて下され。」
「何と、其(そ)は一大事。至急我が将に伝えまする故、相馬殿は一時ここに陣を御布(し)き下され。」
その将は、慌てた様子は見せなかったが、一隊を従えると、急ぎ走り去って行った。忠宗は言われた通り、陣幕をこの地に張る様命じ、又恒利を己の元へ呼び寄せた。
少しして、恒利が忠宗の前へ現れた。恒利は忠宗の側に立つ忠政に目を止めると、その前へ歩み寄って礼を執る。
「貴方様が、将門公の御曹司に御座りましょうや?」
忠政は、恒利が先ず己に話し掛けて来た事に意表を突かれた。取り敢(あ)えず頷(うなず)くと、今度は忠政の方から恒利へ、質問をする。
「我等を追って来た敵の水軍、何故(なにゆえ)未だに攻めて参らぬのか?」
恒利は軽く笑い、そして再び笑みを消して答える。
「あれ等、某(それがし)も含めてでござるが、ここには精々(せいぜい)四,五千の兵士しか居らぬと踏んで居り申した。されど、官軍はどうやら一万程に増強されて居る模様。これでは、追手も戦わずに退く他は有りますまい。今頃は、歯噛(はが)み致して居る事でござりましょう。」
恒利は内心、朝廷の擁する莫大な物量に冷汗を覚えて居た。そして、強気に成った追捕使が、己の帰順を認めないのではという不安が、胸を過(よぎ)った。恒利は言葉を接ぐ。
「某(それがし)に掛かる疑念は、これにて幾分は晴れた物と存ずる。後は官軍の将に取り成して戴き、官軍に加わる事が出来ますれば、必ずや早急に伊予を攻略し、相馬様の軍功と成して差し上げまする。」
「うむ、期待して居る。」
忠政は苦笑しながら答えた。恒利の余りに必死な懇願の様子に、同情を覚えた為である。そして又、藤原忠文や平良文に救って貰(もら)った時、必死に成って居た己(おのれ)が思い出された。
忠宗は忠政と恒利を伴い、丘の上の官軍本陣に居る、小野好古の元へ向かった。忠政は忠重の容態が気に掛かったが、敵地から帰還出来た今、己がしてやるべき事は、側に付いて居る事では無かった。
讃岐の陣営に響く音は、波の音と、篝火(かがりび)の炎が弾(はじ)ける音のみで、依然敵が攻めて来る様子は見受けられない。やがて三人は本陣に到着し、衛兵に中へ案内された。
本陣の小屋の中では、二十名程の将が、火鉢を囲んで座って居た。最も奥に居た小野好古が忠政等に気付き、中に座る様に勧める。忠政等は小屋に上がると座礼を執って、無事帰還した事を報告した。
好古の傍(そば)に座っている藤原慶幸が、笑顔で犒(ねぎら)いの言葉を掛ける。
「此度は最も危険な、水路の殿軍(しんがり)の任を果され、誠に御苦労でござった。暫(しば)し緩(ゆる)りと休まれるが良かろう。」
忠政は真顔で感謝の言葉を返す。が、続いて経基王が尋ねて来た。
「相馬軍の軍勢は、此度の引揚げの際、如何程(いかほど)兵を失われたのか?」
経基王が話し掛けて来る時は、大抵己を陥(おとしい)れる算段をして居る。忠政が警戒の余り、中々返事をしないので、背後に控える忠宗が、代わって口を開いた。
「畏(おそ)れながら、某(それがし)から申し上げたく存じまする。ここに控える者は藤原恒利と申し、古くから藤原純友に仕えし者にござりまする。」
それを聞いて諸将は騒(ざわ)つき始めたが、直ぐに好古が手を伸ばしてそれを制し、忠宗に説明を続けさせた。諸将の視線は一斉に、忠宗の隣に控える恒利に注がれた。忠宗は話を続ける。
「恒利殿は朝廷へ帰順致する事を望み、その手土産に賊の追手を欺(あざむ)き、我が軍が追撃を受けぬ様、手配して下さり申した。故に我が軍は、無傷にて引き揚げる事が出来たのでござりまする。この者、純友が軍の機密に通じ居る由(よし)にて、恩赦を以(もっ)て官軍の端に御加え下さりまする様、伏して御願い申し上げまする。」
再び陣中は騒然とし始めたが、大蔵春実がそれ等を掻(か)き消す様に、大きな声で忠宗に尋ねた。
「その者が官軍に帰順致すべく、相馬殿に御味方したと申すが、埋伏の毒である可能性は有るまいか?ここに留め置くだけでも、我等の動きを掴(つか)めるのじゃぞ?」
「然様(さよう)。加えて当然、相馬殿にも疑念が及ぼうという物じゃ。」
経基王も春実に追随して、嫌疑を掛ける。しかし忠宗は平然たる様子で、好古に進言する。
「追捕使様、見ればここには、増援の兵が多数到着したる由(よし)。その一部を以(もっ)て再度伊予へ攻め寄せては、如何(いかが)にござりましょうや?」
それを聞いて幾人かが、軽率な物言いと忠宗を非難した。しかし好古は彼等を鎮め、話を続ける様に促(うなが)した。忠宗は相槌(あいづち)を打ち、再び話し始める。
「先鋒隊に恒利殿を付け、敵の弱き処を攻撃致しまする。恒利殿の言が正しければ、伊予の賊軍は崩れ、後詰の軍を以(もっ)て、一気に伊予を平定致しまする。もし恒利殿が敵の埋伏であったにせよ、後詰(ごづめ)と本陣が健在なれば、官軍が崩れる事はござりませぬ。」
忠宗は話を終えると、じっと好古を見据えた。諸将が彼是(あれこれ)話し合って居るのを余所(よそ)に、好古は暫(しばら)く黙ったままである。
突然、一人の将が陣屋に入って来た。よく見れば、先程到着の折に駆け付けた、見回りの将である。将は周辺に異常の無い旨を好古に報告し、そして再び持場に戻ろうとした。その時、好古はその将を呼び止めた。
「兵庫充殿、貴殿には新たな任務に当たって貰いたい。」
「何なりと。」
「其方(そなた)にそこの降将、藤原恒利を副将として付け、三千の兵を与える。明日の夕刻、伊予へ侵攻せよ。儂(わし)も一万の兵を伴い後詰(ごづめ)を務める。幸いにも、伊予平定を急ぐ為に、山陽道より呼び寄せた兵が到着して居る。加えて兵庫充殿が先陣を務めるならば、諸将も安心して戦えるであろう。」
先陣を仰せ付かった兵庫充宮道忠用(みたみちのただもち)は人心を得て居り、誰も異議を唱える者は居なかった。
引き続き、陣立てを決める論議に移ろうとした所、突然忠政が前方に俯(うつぶ)した。後ろから忠宗が支え起そうとしたが、忠政の体が異常に火照(ほて)って居るのを感じた。諸将は、忠政の左肩の衣服が血に染まって居るのに気付き、未だ小さき子供である事も手伝って、同情の念が起った。
「此(こ)は、一時軍役を外した方が良いのでは?」
好古にそう進言したのは、経基王であった。経基王に取って見れば、本営が大軍を擁する今、相馬家に手柄を立てる機会を与える事も無い、という思惑が有った。加えて今一つ、忠政個人に恨はみが無い事に気付き、他の将と同様、同情の念が芽生えて居た。好古は経基王の言を容(い)れ、忠宗に対し、相馬軍を播磨の近藤家所領にて待機させて置く様命じた。忠宗は承服し、忠政を背負って本陣を後にした。
その日忠宗は、忠政と忠重を離して休ませた。二人共怪我の程度が重く、互いに身を案じ合わぬ様配慮したのである。やがて朝陽が昇ると、忠宗は天候が穏やかである事を確認し、健康な者百名を手勢として残し、後は忠政、忠重と共に、播磨の所領へ引き揚げさせた。愚図愚図(ぐずぐず)と讃岐に留まって居ては、再び官軍より、無理な出陣の催促を受ける怖れが有る。しかし忠宗自身は、未だ讃岐に帰還しない村岡勢を待つ事にした。村岡勢と同行する弟の身を案ずる気持も有るが、重武には窮地を救ってくれた事への返礼の意を示したいと、忠宗は強く感じて居た。
瀬戸内の海は終日、平穏さを保って居た。柔らかな陽光は四方に注ぎ、風はそよそよとして波も低い。気候もさる事ながら、播磨まで戻ると海賊の活動圏から外れ、人々の生活も穏やかである。海と空は青く、陸は雪が積り白い。海と雪原が陽光を強く照り返し、眩(まぶ)しかった。
近藤水軍四百名が播磨に到着した時、太陽は既(すで)に西の方に掛かり、その眩(まばゆ)さを減衰させて居た。忠政は船中にて蒲団に入り、横になって居た。されど高熱は引かず、額に脂汗を滲(にじ)ませて、呻(うめ)き声を上げて居る。やがて近藤家の邸の者が迎えに現れ、一人が忠政を背負うと、急ぎ邸の中へと入って行った。
忠政は一室に運ばれ、蒲団の上に下ろされると、汗だくに成った衣服を脱がされ、新しい寝衣(ねまき)に着替えさせられた。そして薬師(くすし)の診察が済むと、邸の者等はその間を離れ、忠政独り、静寂の中に置かれた。忠政は暫(しば)し苦しさに顔を歪(ゆが)めて居たが、やがて寝息を立て始めた。
ふと、忠政の耳に水の滴(したた)る音が聞こえた。ゆっくりと目を開けると、部屋の中には外から光が射して居た。横を向くと、簾(すだれ)が上げられて居るのを認めるも、眩(まぶ)しさで眼に痛みを感じる。そして光の中、逆光でよく視認出来ないが、人影が在る事に気が付いた。
「ここは?」
未だ朦朧(もうろう)として居る忠政は、掠(かす)れた声で呟(つぶや)いた。するとその人影は、忠政の側へ躙(にじ)り寄って答える。
「近藤忠宗が館内にござりまする。」
聞こえたのは、少女の声であった。そしてそっと、濡らした布が忠政の額に置かれた。その瞬間、外からの光が遮(さえぎ)られ、相手の姿が確認出来た。忠政に近い年頃、未だ十一、二の少女である。少女は使い終えた布を水桶の中へ沈めると、それを持って部屋を後にした。去り際に簾(すだれ)を下ろして行ったので、部屋の中は再び薄暗く成った。
耳を澄ませると、何やら遠くで賑わう声が聞こえる。未だ体が辛(つら)いので、再び眠りに就(つ)こうと眼を閉じた。しかし直ぐに、この部屋に向かう数人の足音が聞こえて来た。忠政は眼を閉じつつも、その足音に耳を傾けて居た。足音は次第に近付き、少女が去った濡れ縁側の簾(すだれ)の前で止まった。そして、聞き覚えの有る声が聞こえて来る。
「忠政様、起きて御出でに御座りましょうや?」
忠政が寝付いて居れば起こさない程度の、仄(ほの)かな声であった。その温かさを感じ、忠政は即座に返答した。
「重武殿、無事でござったか?」
簾(すだれ)が静かに上げられた。そして、共に戦いし面々が部屋に入って来る。
「宗弘殿も、無事で何より。」
「重武殿の御蔭で、何とか無事に帰れ申した。」
宗武は笑顔で忠政に答えたが、胸元や袖の辺りに、治療の為に幾重にも巻かれた布が見え、痛々しい。又、重武の笑顔を見てある事を思い出し、恐る恐る尋ねた。
「重武殿、忠重殿の事でござるが、如何(いかが)相成ったのか?ここに着いてより姿を見て居らぬ故。」
重武の表情が微(かす)かに翳(かげ)った。そしてその答えは、重武の隣に腰を降ろした忠宗がした。
「我等は未だここに着いたばかりにて、忠重殿には会うて居りませぬ。薬師(くすし)の話に依れば、命に別状は無いと雖(いえど)も傷は深く、暫(しば)しの安静が必要との事にござりまする。」
「そうか。命は助かるのか。」
忠政は安堵し、表情が和(やわ)らいだ。重武が再び、忠政に話し掛ける。
「若殿に申し上げまする。此度追補使様より、一時官軍を離れる許可が得られ申した。我が軍は殆(ほとん)どが生きて戻る事が出来たと雖(いえど)も、負傷者は多く、その回復を待たねば成りませぬ。故に若殿も、緩(ゆる)りと御休み下さりませ。」
そして皆は立ち上がり、各自の残務を処理すると言って、部屋を去って行った。
再び簾(すだれ)が下ろされると、室内は再び暗く成った。しかし忠政の心には、燦々(さんさん)と輝く光が生じて居た。その因子の一つは、皆が生還出来た事であり、もう一つは重武が己を若殿と呼んでくれた事である。精強な騎兵を率いる重武が、真の主君と仰いでくれるのであれば、相馬家再興の大きな力と成る。そして、幼い主君忠政自身が重傷を負った此度の戦役は、近藤家中においても、忠政の名声を高める結果を齎(もたら)して居た。忠政は独りに成ると、再び高熱に苦しみ始め、やがてゆっくりと眠りに落ちて行った。
*
睦月も下旬に掛かって来ると、大陸北方より押し寄せる寒気は、ここ瀬戸内にも多くの雪を齎もたら)した。屋根には三尺近くの雪が積り、久々に顔を覗(のぞ)かせた太陽の光を受け、時折大きな音を立てて庭へ崩れ落ちる。
そのけたたましい音に、忠政はふと目を覚ました。今まで大病をした事は無かったが、此度の高熱は中々引かなかった。近藤家の館に来て、もう五日に成る。左肩が特に辛(つら)い。受けた鏃(やじり)に毒が塗られて居た訳では無かったが、その後、傷口が開いたまま砂塵の中を駆け巡った為に、如何(どう)やら悪い菌が体内に蔓延(はびこ)ってしまった様である、と薬師(くすし)は言う。又、戦場(いくさば)より帰還出来たにも拘(かかわ)らず、忠政は未だにその凄惨(せいさん)な光景を夢に見る。今も熱の所為(せい)か、悪夢の所為(せい)か、顔中に多くの汗が滲(にじ)み出て居た。
突如、忠政は額に冷たい物を感じた。驚いて額に手を当てると、そこには人の手が在り、忠政はその手を掴(つか)んで居た。
「申し訳ござりませぬ。」
ふと聞こえた声の方を見やると、ここに来たばかりの頃、一目見た少女の姿が在った。そして今日も又、己の看病をして居てくれた事を、忠政は悟った。
「いや、雪の音に目覚めたばかりであったので、少々驚いただけじゃ。介抱して貰(もら)い、感謝して居る。」
そう言うと忠政は表情を和(やわ)らげて、そっと少女の手を放した。少女の方は未だに手を掴(つか)まれた驚きが覚めやらぬ様子であり、俯(うつむ)いて、小さな声で告げる。
「私は近藤忠宗の長女、嚢(のう)と申しまする。先日、傷付き伏された貴方様の姿を見掛け、差し出がましくも介抱の真似(まね)事を致しました。御許し下さりませ。」
少女は静かに辞儀をする。忠政はそっと右手を伸ばして、それを制した。
「嚢殿には誠に有難く存じて居り申す。されど我が身は病(やまい)に侵(おか)されて居り、幼い貴女(あなた)には、容易に移ってしまうでしょう。暫(しばら)くはこの部屋に近付かないで下され。」
少女は悲し気な眼をして居たが、やがて忠政の心意を汲(く)み取り、再び辞儀をして出て行った。
独りに成った忠政の心には寂しさが生じたが、同時に温かい物にも包まれて居た。殺伐とした戦場(いくさば)で荒廃した心を、あの少女の優しさが癒(いや)してくれた様である。又、忠政はある事を思い起した。
(妹五月が無事で居れば、あれ位の年頃か。今頃如何(どう)して居るのであろう?)
忠政の眼から、一筋の雫(しずく)が流れ落ちた。幼い妹達の境遇を想像すると、只々悲しく成るばかりであった。