トップ > VPKで富士山頂ご来光撮影計画 目次 > STEP8:富士登山二日目
ふと目を覚ますと、日付が変わった頃であった。それから寝たり起きたりを繰り返している内に、2時になった。山頂ご来光組が起き始めたようだ。腕時計のアラーム機能を止めて2時10分頃、私も山頂に向かう仕度を始めた。
山小屋には、深夜に出発する旨を伝えておいたため、携帯できる朝ご飯が、私の名前が書かれたビニール袋に包まれて、入口の側に置かれていた。それをザックにしまい、重登山靴を履き、ヘッドランプを装備して、山小屋をそっと後にした。
少し進むと、前後に誰もいなくなった。空を見上げると、星が出ていたが、田舎とは違い、数え切れない星の数、という程ではなかった。
昨日の足の痛みが心配であったが、温かい寝袋でしっかり休んだせいか、特に異常は無かった。風も、大分収まっているようである。台風が大分遠くへ移動したのであろう。
やがて、本八合目に到着した。ここで須走ルートと吉田ルートが合流する。流石に、山小屋の側には人がいたが、休む所が無いほどではない。やはり、吉田ルート封鎖の影響が有るようだ。
少し休んで、また登り始める。本八合目は山小屋が多い。確かに、吉田ルートは安全そうだ。
本八合目を過ぎると、また人気が少なくなった。しかし、遠くに登山者のヘッドランプがかすかに見える。前に誰もいなくなり、ガイドロープが見えないと、勘で進む事となる。しかし、すぐにガイドロープを発見し、安心する。
八合五勺、御来光館到着。ここまでスイスイ来られたので、寒い山頂で日の出を待つのかと、ため息をついた。しかし、ここが渋滞のスタート地点であった。山小屋の先は山頂まで延々と、ヘッドランプの光の筋が続いている。少し進んでは止まり、少し待ってからまた少し進む。おかげで、すっかり呼吸が整ってしまった。
汗をかく事もなく、九合目に到着した。乾いた服であれば、少しの風でもさほど寒くはなかった。しかし、少し東の空が白み始めていた。
ガイドの人が、「御来光まで十分時間がありますから」と言っていたが、次第に、「2列に並んで、追い越せる人は先に行って下さい」に変わった。しかし登山道は狭く、2列になれない所は渋滞したままであった。
「渋滞していなければ、あと10分もあれば着くんだけどな」という声が聞こえ始めた頃、山頂らしき所が確認できるようになった。日の出まで、あと30分も無い。次第に、山頂のご来光に間に合わないのでは?と思い始めた。
諦めずに、山頂のご来光を目指す人は少なくない。わずかに空いたスペースを進み、少しでも上を目指す。日の出まで、もう10分も無い。やがて、ガイドロープの外に出る登山者が増えてきた。ご来光をしっかりとカメラで撮影するためである。私は、空いた登山道を走った。「そろそろ陽が昇るぞ」という声が聞こえた。
山頂の鳥居まで、もうすぐである。残り3分。間に合わなくても走る。高山病の事など、頭から消えていた。ようやく、山頂の鳥居にたどり着いた。日の出まであと1分。急いで撮影場所を探し、ザックを下ろした。
「陽が昇った」という声が聞こえた時、「間に合わなかった」という無念の感情が湧き上がったのもつかの間、「雲で隠れた」という声がした。カメラを構えて東の空を見ると、まだ太陽は雲の中であった。
その時は、間もなく訪れた。雲間から次第に輝きを増す太陽。東の空とファインダーを交互に見た。日の出の瞬間なので、絞りは開けて、「2」にセットした。ご来光の瞬間、カメラを胸に密着させ、息を止めて、静かにシャッターを切った。
しかし、この写真が成功している可能性は低い。すぐに絞りを「3」まで絞り、再びシャッターを切る。続けて最大に絞った「4」にセットし、手ブレに気を付けてシャッターを切った。
これで、ちょうどフィルムを使い切った。しばしご来光を眺めた後、フィルムを巻き取り終え、遮光ケースに入れた。そして次のフィルムをカメラにセットし、フィルム位置を「1」まで巻いて、カメラをポケットにしまった。
次の目的は、「お鉢」である。先ず、浅間神社に行きたかった。よって、時計回りのコースとなる。途中、お鉢の中心の火口が見えた。西の空には、まだ月が見える。

火口の向こうに見えるのが、日本最高峰の剣ヶ峰である。左を見ると、駿河湾が見下ろせた。

剣ヶ峰が次第に近付いて来る。

その前に、浅間神社本宮に立ち寄った。恐らく平成最後となる、富士山頂の御朱印帳を入手するためである。ここで、富士山頂のお守りも入手した。
浅間神社本宮の側に、郵便局がある。ここから親や親戚に、富士山登頂絵葉書を送った。
剣ヶ峰の手前に、「馬の背」という急な坂がある。登るのも息が切れるが、それ以上に下る方が大変そうであった。お鉢は時計回りの方が楽とは聞いていたが、なるほどと思わされた。
馬の背を登り切ると案の定、行列が出来ていた。日本最高峰の石碑の前で、記念撮影をするためである。私も行列に並び、いよいよ石碑が近づいてくると、カメラをポケットから取り出し、撮影の準備をした。すると、前の外国の方から声をかけられた。
「Oh!スゴイネ〜」
「This camera is made in U.S.A.」
「Kodak?」
「Yes.」
中学生レベルの英語しか話せなかったが、なぜかとても楽しかった。
渋滞緩和のための方がいて、「私はワンショット撮ったら、すぐに離れます」と告げた。しかし、どう見ても逆光である。難易度が高そうだ。私の番になり、手ぶれに気を付けてシャッターを切った。

案の定、「剣ヶ峰三七七六米」の部分は暗くなってしまった上、一部は写真に収まらなかった。痛恨の1枚。

再びお鉢を周り、遠くにでこぼこした山が見える。「八ヶ岳…なのかなぁ?」甲信地方の地図が無いと分からないので、景色を楽しみつつ進んだ。それにしても、今日は風が穏やかで良かった。

お鉢を一周して、久須志神社に戻って来た。ここで、浅間神社の御朱印帳に記帳してもらう。時間は8時頃になっていた。お鉢におよそ3時間かかった事になる。浅間神社、郵便局、剣ヶ峰。結構寄り道したんだなぁ。
山小屋でもらった朝ご飯は、大きなおにぎり2つとウィンナーなどであった。朝食を平らげ、8時10分に下山を開始した。須走口五合目までのコースタイムは2時間45分。後は下るだけなので、お昼までには御殿場駅に着けるかな、などと考えていた。
富士山の下山道は、ひたすら火山灰の道を歩く。足場がもろく、滑りやすいので、注意を払い続けなければならない。ゲイターを装着し、靴に砂利が入るのを防いだ。
時折り、ブルドーザーが荷揚げのために上がって来る。その時には、邪魔にならないよう、脇のスペースを見つけて、道を譲らなければならない。
この下り坂は下手に休むと、滑って転ぶ恐れがある。よってしっかり休むには、安定した大きな石を見つけるか、斜面の適当な場所を探して、腰を下ろさねばならない。しかし休みやすい場所には、大体すでに休んでいる人がいる。すでに高山病を心配する必要も無くなり、3時間ほどを下ればよいだけなので、休憩無しで本七合目まで下ってしまった。
登りは気合いと体力で何とかなるが、下りは経験が無いと悲惨な事になる。追い越される事は有っても、追い越す事は無い。すでに両足小指がかなり痛くなっていた。さらに我慢して七合目まで下りる。空いているイスを探して、ようやく休憩を取った。見上げると、山頂が遠くに見える。しかし標高としては、まだ半分ほどしか下っていない。
また下り始めた。すでに、通過時間を記録する余裕など無くなっている。下手に休むと、痛みで立ち上がるのが困難になっており、ほとんど休まずに下り続けた。その間、どんどん人に抜かれていった。
須走コースの下山道は、六合目を通らない。やっと人工物のような物が見えて来ても、ゴールはまだ見えない。
やがて、砂払い五合目まであと200mという標識が見えた。すでに歩行が厳しくなっていたが、もうすぐゴールだと信じて、吉野家に到着した。せっかくハイドレーションを装備していたが、お鉢の時にチューブのフタが外れ、砂まみれになっていたので、給水できずにいた。ここでポカリを購入し、一気に飲み干す。あと、携帯していた羊羹も、1本食べた。
店員さんが近くの人に言っていた。
「あと2km。30分くらいかな。」
普通のコンディションで30分なら、このボロボロの足では、あと1時間は激痛に堪えなければならない。店員さんに心配されつつ、再び下り始める。休みすぎると、立てなくなる危険がある。
須走口の五合目付近は樹林帯となっていて、私がこのコースを選んだ理由の1つである。しかし、すでに自然観賞をしている余裕は無い。何でもない段差でも、できるだけ足への負担を減らすよう、再びグローブを装着して、できるだけ手を使うようにする。一歩下りるたびに激痛が走る。
その内に、分岐箇所があった。左は山頂方面、右は須走口五合目。ようやく、登りの道に合流した。ここからゴールまでのコースタイムは20分。
明日の登頂を目指して登って来る登山者と、たびたびすれ違った。
「今日の天気はどうですか?」
「上は晴れていて、風も穏やかですよ。お気を付けて。」
などと余裕を装っていたが、心の中では、「登山口から何分かかりましたか?」と尋ねたい気持ちで一杯であった。一見、親切に道を譲っているようではあるが、動くと激痛が走るので、平静を装うために、脇で立ち止まっていた。
次第に、足の状態が厳しさを増してきた。自分の体重を支えられる限界が近付いていた。その時、鳥居が見えた。その先は、舗装された階段と道である。普通なら、さっさと駆け下りるところだが、すでに舗装された道での歩行も厳しくなっていた。「舗装道で遭難はかっこ悪すぎる。」そう体に言い聞かせるように、ゆっくりと下りて行った。
ようやく、登山届を出した小屋が見え、案内の方達が立っているのが見えた。さりげなく下山完了の報告をしたつもりだが、かなり心配されてしまった。お礼を言って、バス停に向かった。
登山口に着くと、バスの出発まで30分ほどあった。店員さんがお茶を振る舞ってくれたので、ありがたく頂戴した。そして湯飲みに、ハイドレーションの水を注いでがぶ飲みした。2.5リットルほど入れて来たのだが、2リットルは残っていた。たびたび飲んではいたつもりだが、そうでもなかったらしい。ハイドレーションの水を空にしてザックにしまい、ゲイターを脱ぎ、レインウェアを脱ぎ、冬用シャツを春用シャツに着替え、ようやく出発時と同じ格好になった。
そうこうしている内に帰りのバスが到着しており、足の痛みに耐えながら、バスへと向かった。
須走口五合目の到着が12時30分。下山に4時間20分もかかっていた。「富士山の最大の難所は、火山灰の下山道。」経験者は砂走りを下るのが楽しいようだが、素人には厳しかった。
帰りのバスは、みなさんお昼寝タイム。お疲れ様でした。
足が痛いのでとっとと帰りたいが、東京でやる事が残っていた。カメラ屋さんに撮り立てのフィルムの、現像を依頼する事である。駅の上り下りは、迷わずエスカレーターを使った。
カメラ屋さんにフィルムを渡すと、カラーネガなので安く現像できるとの事であった。苦あれば楽あり?しかも現像は、数日でできるらしい。早速お願いして、家路についた。
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