トップ > VPKで富士山頂ご来光撮影計画 目次 > EPILOGUE4:梅雨明け直後の登り


 標高2,000mで再び休憩。少し雲が少なくなり、下の方が見えた。ここで休んでいた男性が私の「EOSR」を見て、フィルムカメラが趣味だと話しかけて来た。私も昨年は「vest pocket kodak」を持ってきた旨を伝え、フィルムカメラ談義に花が咲いた。
 再び出発。時計を見ながら、1時間おきには腰を下ろして休憩しようと考えた。やがて12時を回って休憩を入れた時、昼食を取った。レーズンパン4個。飲み物は、ペットボトル用ハイドレーションを使ってアクエリアス。しかし、途中からハイドレーションが使えなくなった。ザックを開けると、チューブが折れていたり、チューブの先端が曲げぐせで、水面の上に出ていた。それらを直したら、再び使えるようになった。昨年は普通のハイドレーションに水2.5リットルを入れ、2リットルを残して口を汚してしまい、無駄に2kgをかついだ反省から、ペットボトル用のハイドレーションを使った。これならハイドレーションが汚れても、ペットボトルとして、残りを飲む事ができる。
 標高2,500mに近付いた頃、ガスが濃くなり、雷鳴が聞こえ始めた。登山の鉄則として、雷鳴が聞こえたら、至急近くの山小屋か避難小屋へ向かうべきである。しかし御殿場口は他の登山口と違って山小屋が3軒しかなく、しかも2軒は隣のようなものなので、無補給地点が長い。登っても数時間、下っても数時間。前後に人影が見えると安心し、前進する。
 六合目を過ぎた辺りから、急に人が増え始める。しかも、ほとんどの人がかなり元気である。恐らく、プリンスルートから上がって来たと思われる。
 昨年は雨は続かず、雲の上に出て、虹を見る事ができた。しかし今回は、ずっとガスの中で雷鳴を聞き続けた。適度に休憩を取らなければならないが、雷鳴を聞くと、「さっさと登らないと」という気持ちにさせられる。幸い、稲光を見ずに済んだので、冷静に標高を稼いで行った。
 標高3,000mでも休憩。せっかく「EOSR」を持って来たのに、ガスが濃くて、ほとんど撮影していない。そろそろ、足がくたびれて来た。つらないように、休憩の時間を増やした。
 七合目を過ぎて、ついに「わらじ館」に到着。長い無補給地点を突破した。ここで、金剛杖への焼印をお願いしたが、団体様到着直後のため人手が足りず、スペースを確認して、下山時に押してもらう事とした。
 すでに100mが遠くなっていた。すぐ先の「砂走館」に到着。ここで「わらじ館」のスペースを空けて、その上に焼印を押してもらう。
 次の「赤岩八合館」まで、標高差が200mほどもある。かなり疲れていたので、ゆっくりと登った。このコースでは、コースタイムと競走する気が起こらない。依然雨天、雷鳴のため、「EOSR」の出番は無い。梅雨明けのニュースは、山では通用しないらしい。
 ついに標高3,290mの「赤岩八合館」に到着。チェックインして、宿泊者サービスの金剛杖焼印をお願いする。目の前に二段ベッドがあり、下の段を願うも虚しく、山小屋のスタッフははしごを登る。はしごはさらに上までのび、屋根裏の三階へ案内された。すでに足がぼろぼろなので、はしごを登るだけでもきつい。
 三階の一番奥を寝床とし、汗で濡れた服を脱いで、シャツを着替えた。さらにフリースを重ね着して温まる。しかしこの「赤岩八合館」は、昨年の「見晴館」より室内温度が暖かく感じられ、レインウェアの上は、ザックの上に広げて干しておいた。
 すでに夕食可能な午後5時を回っており、食堂へ移って、カレーをお代わりした。今回、ハンガーノックや低体温症の兆候は無く、昨年より順調である。高山病の症状も、特に無かった。
 夕食が終わると、寝床に戻る。屋根裏なので、かなり狭い。慣れないうちは頭を上げて、天井の梁に後頭部をぶつけては痛がり、布団に横になっては枕元の角材に頭をぶつけて苦しんだ。
 この三階のスペースも、自分を入れて3人となった。隣の方に明日の予定を聞いたら、山頂御来光の予定で、同じ時刻に起きる予定との事で、三階脱出が少し楽になると思えた。
 消灯は8時30分なのだが、7時になる前に、あちこちでいびきが聞こえて来た。8時には、雑談する声も聞こえなくなっていた。いびき、枕元の木の板に誰かがぶつかる音、目の前の天井に降る雨音。色々な音が聞こえたが、本日3時間以上聞かされた雷鳴のBGMほどの破壊力はなく、暖かい布団の中で、明日に備えて体力の回復を図った。

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